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誰かが言う。結婚は人生の墓場だと。
また違う誰かが言う。結婚とは忍耐であると。
でも、それがなんだっていうんだ。第一、そんなの結婚してみないと分からない。
だから誰に何と言われようと、私は結婚したい。
いや、絶対結婚してやる! できれば20代のうちに、30歳の誕生日までには!
「──ああもう、分かった分かった。桜の結婚したいって意気込みはよぉく分かったからさ、もっと現実的な話をしてくれる?」
ぴたり、と私の動きが止まる。横を向くと、熱の籠もった演説を披露する私を冷めた目で見つめる友人がいた。
「……え? 現実的な話?」
「そ。あんたの口ぶりだと、いかにもゴールイン間近の彼氏がいますー、みたいに聞こえるけど。そんな相手いないでしょ?」
容赦ない指摘に、ぐっと言葉に詰まってしまう。
おっしゃる通り、今の私に彼氏はいない。しかも彼氏いない歴一年を過ぎ、その間浮いた話も無ければ、25歳を過ぎてからはナンパにだって遭ってない。男っ気の無い生活にも慣れ始めてしまった、非常にまずい時期なのだ。
「しかも何? 30までに結婚したいって言ってたけど、あと1年で彼氏作って結婚準備も全部済ませるつもり? かなりハードスケジュールだと思うけど」
「それはまあ、頑張るしかないね。でも大丈夫、運命の人と出会えたらあとはなるようになるさ!」
「お気楽ねぇ」
頬杖をつきながら呆れ顔を見せる友人は、職務質問さながらに私を問いただす。その質問のどれもが的確すぎて、私はだんだんとしどろもどろになってきた。
「それで、その運命の人とやらは見つかりそうなの? もちろん、当てはあるのよね?」
「あ、当てはないけど……きっと、これから出会うんだから」
「どうやって?」
「それは、まあ……図書館で、偶然同じ本を取ろうとして手が触れて、みたいな」
「あほか」
ずずずっと下品な音を立てながら、友人がグラスに残ったオレンジジュースを啜る。またまた言葉に詰まってしまった私は、仕方なく先ほどドリンクバーから持ってきたアイスコーヒーを口にした。放置していたから、すっかり氷が溶けて薄くなっている。まずい。
「大体さ、その運命の人と出会う努力はしてんの?」
「うん、してる。図書館にも行くし、本屋だってほぼ毎日」
「図書館も本屋も出会いの場じゃない。出禁になってしまえ」
「で、出禁って……! じゃ、じゃあ逆に聞くけどさ、どこだったら会えるのよ! 運命の人とっ!」
突き放すような言葉にカチンときて、私は思わず大声で彼女──高校からの友人である芳乃に突っかかった。親身に相談に乗ってくれている彼女に苛立ちをぶつけるなんて、理不尽だということは百も承知だ。
芳乃は鼻息を荒くする私を呆れた目で見つめて、それから「まあ、落ち着きなって」と気の抜けた声で言った。昔からそうなのだが、彼女はどんな時でも動じない。何かに集中すると周りが見えなくなってしまう私は、彼女のその冷静さに何度助けられてきたことだろう。
「まず、大人にとっての出会いの場その一は、職場ね。さて桜さん、あなたの職場は?」
「……女だらけのコールセンターでぇす」
「そうね。しかも時々顔を見せる上司や他部署の男は、総じて既婚者だとお聞きしましたが?」
「その通りでぇす……」
「はい、この時点でまず出会いの場が一つ消えましたー」
さも講師かカウンセラーのような口調で質問を続ける芳乃は、皿の上に残っていた三本のポテトのうち一本をつまんでひょいっと口に入れた。もぐもぐとそれを咀嚼する彼女を見つめながら、黙って話の続きを待つ。
ちなみに今私たちがいるのは、駅前のファミレスだ。こんなよくあるファミレスじゃなくて、こじゃれたカフェで一皿1500円のガレットを食べに行こうという私の提案は一瞬で却下された。既に結婚して一児の母でもある芳乃の財布の紐は堅い。
「さて、大人にとっての出会いの場その二。いわゆる、友達の紹介ってやつね」
芳乃の指がまたポテトを一本つまんだ。それを私に向かって見せつけるように掲げながら、彼女は難しい顔をして低い声で続ける。
「これが一番手っ取り早い方法だと思うんだけど、桜の場合はどう? 紹介してくれるような友達いる?」
「うーん……女子高で女子大だったから、私も含めてみんな男友達ってのが少なくて……」
「うん、そうね。私だって桜に紹介できるような男いないし。ということで、二つ目も消えましたー」
そして、二本目のポテトもあっけなく芳乃の口の中に消えた。未練がましくそれを見つめる姿は、次々と結婚していく友達を見送るときと同じものだ。
友達の幸せそうな姿を見ているとこちらまで幸せな気分になって、結婚式では思わず泣いてしまうことだってある。しかし、ふとした瞬間に妙な焦燥に駆られるのもまた事実だ。駆られたところで、私にはどうすることもできないのだが。
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