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「わっ、わかってるんですっ……、伊奈さんは、素直に好きだとか言う人じゃないって……! それでも、いつも優しくしてくれるし、結婚だって考えてくれてるっていうから、それだけで十分だって、ちゃんと分かってる、けど……っ」
「けど?」
「け、けどっ……やっぱり、一回くらいちゃんと、す、好きって言ってほしいって、思っちゃうんです……っ、よ、欲張りでごめんなさいぃっ……!」
わあっと再び泣き出した桜を慰めるように、とんとんと背中を叩いてやる。姪や甥をあやすときと同じ動きだ。
それでもなかなか泣き止まない困った恋人に向かって、俺はできるだけ穏やかな声で囁いた。
「……そんなに泣くなよ。可愛い顔が台無しだぞ」
「う、うそつきっ……、可愛いなんて、思ってないくせにっ……!」
「嘘じゃねえよ。前も言っただろ? バカな奴ほど可愛い、って」
「そっ、それ、あんまり嬉しくな……っ、ん、あ、んんっ……!」
涙に濡れた頬を拭って、そのまま手を添えて口づける。うっすらしょっぱくなったその味に内心笑いながら、込み上げてくる愛しさを隠すので精いっぱいだった。
こんな恥ずかしいこと誰にも言えやしないが、最近では前にも増してこいつが可愛く思えてしまって仕方ないのだ。
待ち合わせをしていて、俺の姿を見つけた瞬間にぱっと顔を綻ばせるのも可愛いし、少しからかっただけでむっとして俺を睨みつけてくる顔でさえ可愛い。
それに、口づけるたびに顔を真っ赤にしてそれを受け入れている姿だって可愛いし、唇を離したあとに少し恥ずかしそうに微笑む仕草すら可愛く見えてしまって、俺は一体いつからこんなにも色ボケするようになったのかと頭を抱えたくなるくらいなのだ。
とまあ、こんな具合に俺は見事にこいつに惚れてしまっているわけだが、残念ながらそれを素直に口に出せるような性分ではない。
歯の浮くような甘い台詞を考えれば鳥肌が立つし、それを声に出している自分を想像するだけで寒気がする。
桜の言い方を借りると、取り繕っているときの“綺麗な伊奈さん”ならば何の躊躇もなく口に出せるのだが、あれは俺であって俺ではないようなものだ。
というか、あれが“綺麗な伊奈さん”なら、素の俺は“汚い方の伊奈さん”とでも思っているのだろうか。あとで問い詰めてやろう。
「それにしても……俺、一度も言ってないか?」
「っ、え……? す、すきって……?」
「ああ。言ったような気がするんだが、お前が覚えてないだけじゃないのか」
「い、言ってませんよっ! ちゃんと覚えてるんですからねっ!」
「そうかそうか、それは悪かったな」
「ぜ、ぜったい悪いって思ってないっ……、あ、んんぅっ……!」
再び桜の言葉を遮ってキスをする。ぎゃあぎゃあとうるさいこいつには、この方法が一番よく効くのだ。
そして今度は、唇は触れ合わせたままそっと部屋着の裾から右手を差し込む。手のひらが柔い素肌に触れた瞬間、桜がびくっと体を震わせるから、それがおかしくて喉の奥で笑った。
「ん、はぁっ……、い、伊奈さん、こんなときにっ……!?」
「嫌か? 嫌ならやめる」
「っ……、そんな聞き方、ずるいっ……! あっ、んんっ」
肌を撫でまわす手つきで、俺が今から何をしようとしているのか桜も気付いたようだった。
拒まれるかと思ったが、大人しく身を任せてきたので引き続きその肌の柔らかさを堪能することにした。
「お前、ほんとに俺のこと好きだな」
「なっ……! わ、悪いですかっ……?」
「いや? ただ、なんつーか……」
邪魔くさい部屋着を早々に取り払って、露わになった胸元に唇を寄せる。風呂上がりなのだろう、石鹸のようなほのかに甘い香りがして、たまらずそこに舌を這わせた。
「ひゃあっ! っあ、く、くすぐったいっ……!」
「なあ。お前、なんでそんなに俺のこと好きなんだよ? この顔がそんなにいいのか」
「えっ……、ま、また自信過剰なことをっ……! ひ、あ、ああっ!」
下着をずらして、色づいた胸の先端に吸い付く。途端に甘い声を上げるから、俺は調子に乗って執拗にそこを舌で何度もなぞった。
だんだんと硬くなっていくそれに気を良くしつつ、喘ぎながらも必死に俺の問いに答えようとする桜をじっと見つめた。
「か……、顔も、好きですけどっ……! でも、顔だけでいいなら、こんな面倒な人と一緒にいませんっ……!」
その正直すぎる返答に、俺は笑えばいいのか怒ればいいのか分からなくなる。
ただ、どういうわけか妙にその答えが嬉しくて、その思いをぶつけるように桜の小さな体を強く抱きしめた。
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