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伊奈さんと手を繋ぎながら、公園の並木道を歩く。
すっかり葉が落ちて寂しくなった木々を眺めて、それから隣を歩く彼の横顔を窺い見た。
「……なんだよ。人の顔じっと見て」
「えっ? あ、いや、何ってことは無いんですけど、伊奈さんがいるなぁって思って……」
「ははっ、なんだそれ」
おかしそうにくすくすと笑う伊奈さんは、出会った頃と比べてだいぶ穏やかになった……ような気がする。
声を荒げることも少なくなったし、デコピンの回数も格段に減ったし、何よりこうして優しげな笑みを浮かべてくれることが増えた。
自分で言うのも恥ずかしいけれど、この優しい笑顔を向けられるたびに、彼に愛されていることを実感できるのだ。
「……なあ。お前、さっき言ってたこと本当か?」
「え……さっき?」
「さっき、加茂に聞かれて答えただろ。……俺と一緒にいたら、じーさんばーさんになっても楽しそうだ、って」
確かに、つい数時間前に「どうして伊奈さんと付き合っているのか」と加茂さんに聞かれてそう答えた。けれど、伊奈さんが今さらその話を持ち出す理由がよく分からなくて、私はただ黙って頷きだけを返す。
「……あれ、さ。俺も、同じようなこと考えてた」
「え……? おなじ?」
「ああ。うまく言えねぇけど、自分が年取ったときのこと考えたら、何つーか……きっと隣にはお前がいるんだろうな、って。自然とそう思ったんだ」
目を見開いて、彼の横顔を食い入るように見つめた。
伊奈さんは照れることもなく、ただ優しい表情をしながらそんな私を見下ろして立ち止まる。そして、その表情のまま、はっきりと私に告げた。
「桜。結婚しようか」
その短い言葉に、私は一瞬呼吸さえ忘れてしまう。
喉に何か熱いものが詰まってしまったようで、驚きの声すらあげられない。ただ伊奈さんの顔をじっと見つめて、繋いだ手にじわじわと汗が滲んでいくのを感じていた。
「……なんだよ。もっと喜ぶかと思ったのに」
少し拗ねたような彼の言葉が耳に届いても、私はまだ一言も発せずにいた。
だって、あまりにも急だったのだ。
確かに彼は私と結婚するつもりだと言ってくれていたし、私ももちろんそのつもりだった。
でも、いざこうして彼からの言葉を受け取ってみたら、その喜びは計り知れないほどの衝撃を私に与えたのだ。
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