私たち、結婚します

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「それにしても、本当に桜が結婚するとはねー。しかもこんないい男連れて来ちゃってさ、みんなもびっくりするんじゃない?」 「そ、そうかな……?」 「絶対そうよ。あ、もう桜のお父さんお母さんにも挨拶に行ったのよね? 伊奈さんはどっちで行ったんですか?」 「どっちって……まあ、最初だからな。大人しくしておいた」  ちょうど大人が食事を終えたあたりで目を覚ましたみぃちゃんにごはんを食べさせながら、芳乃が興味深げに尋ねてくる。  先ほどからあれこれと芳乃からの質問攻めに遭っているせいか、少し疲れた様子の伊奈さんは曖昧な答えを返した。 「えー、でもずっと猫被ったままっていうわけにいかないですよね? これから困りません?」 「それはそうなんだが、なんつーか……タイミングを逃した、というか」 「うふふ、伊奈さん珍しく緊張してましたもんね!」 「当たり前だろ! 結婚の挨拶ってだけで緊張すんのに、加えて初対面だったんだから」  その時のことを思い出して茶化すと、伊奈さんはぶすっとした顔で言い訳をした。  芳乃の言う通り、これからずっと付き合っていくのだから最初から素を出した方がいいとは言っていたのだが、彼にとってはそれがなかなか難しかったらしい。  電車で数時間の距離にある私の実家に着いて、先ほど芳乃に対してしたような丁寧な挨拶をしたところまでは予定通りだった。  しかし、ぱりっとしたスーツを着込んだ伊奈さんの姿を見るなり私の両親がすっかり萎縮してしまったせいもあって、それから双方とも普段通りの振る舞いができなくなったらしい。  緊張した面持ちで結婚の挨拶をして、私の両親もそれに頷くまで終始ぎこちない笑いしか起きず、ずっと張り詰めた空気が漂っていた。  伊奈さんが席を外した隙に、お母さんが「もっとへにゃへにゃした男を連れてくると思ったのに、あんなにしっかりした人を連れてこられたら困る」と意味の分からない文句を垂れてきたくらいなのだ。  お父さんもお父さんで、そんなに畏まらなくていいと何度言っても伊奈さんに対して敬語で話しかけてしまうし、そんな状態で彼に「いつも通りにして」と言ったところで無理な話だっただろう。 「まあ、そのうち打ち解けられますって! 桜のお父さんお母さん、二人とものんびりしてますし」 「そうだといいんだけどな……」 「大丈夫ですよ。私も、『普段はもっと気さくな人なんだよ』って言っておきましたから!」  なんだか落ち込んでしまった伊奈さんを二人で励ましていると、ご飯を食べ終わって満足したらしいみぃちゃんが私に向かっておもちゃを差し出してきた。音の鳴るそのおもちゃを受け取ってガラガラと鳴らすと、楽しそうにきゃっきゃと笑う。芳乃に似ているから、きっと将来は美人さんになるだろう。 「そういえば、結婚式はどうするの?」 「えっと、まだ相談してる最中なんだけど、たぶん半年以上先になると思うんだ。芳乃、本当にスピーチお願いできる?」 「もちろん! もう原稿だって考えてるんだから! はあ、長い事待ったなぁー」 「お、お待たせしました……?」 「はい、待たされました。ふふっ、でも良かった。桜が幸せそうで」  おどけるように言いながら、芳乃がふんわりと笑った。  しっかり者の彼女にはいつも頼りきりで、何かあるたびに泣きついていたことを思い出す。それに、どうしても30歳までに結婚したいのだと騒ぐ私に婚活パーティーを勧めてくれたのも彼女だった。  今思えば、あの時芳乃の助言を受けて思い切って婚活パーティーに行っていなければ、こうして伊奈さんと出会うことすらなかっただろう。まあ、厳密に言うと彼は正式な参加者では無かったわけだけど。  ご機嫌で遊んでいるみぃちゃんに話しかける芳乃を見て、こうして結婚相手として伊奈さんを紹介できるようになったことに喜びを感じながら、幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
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