私たち、結婚します

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 そして、同じ日の夕方。  今度は駅前にあるおしゃれなレストランで、私と伊奈さんは結婚報告をするべくある人を待っていた。 「わざわざ顔合わせてまで報告する必要ないと思うけどな。一応あいつには電話で結婚するって言ったし」 「そ、そういうわけにもいかないですよ。宮原さんには迷惑かけちゃいましたから……」  そう。今度は、伊奈さんと付き合うことになる直接のきっかけを作ってくれた宮原さんに、結婚の報告をする予定なのである。  伊奈さんとお付き合いを始めてから、私自身は宮原さんと顔を合わせていない。伊奈さんの方は何度か飲みに行ったりもしているみたいだけど、やっぱりあの時のことをしっかりお詫びしておきたいし、面と向かってお礼をしたいと思ったのだ。  伊奈さんは「わざわざそこまでしなくていい」と渋っていたけれど、私が粘ったらこうして宮原さんと会う約束を取り付けてくれた。このおしゃれなお店を選んで予約してくれたのは宮原さんらしいが、伊奈さんはそれが少し気に入らないようだ。 「宮原の奴、俺と飲むときは店の予約なんかしねぇくせに。女がいるってだけで張り切るから腹立つな」 「そ、そんなこと言っちゃ駄目ですよ。せっかく探してくれたんですし」 「……それも腹立つ。なんであいつの肩持つんだよ」 「べ、別にそんなつもりじゃないです! もう、どうしてそんなに機嫌悪いんですか? お腹すいちゃいました?」 「なっ……、違ぇよ! お前それおちょくってるだろ!」  さっき芳乃と会っている間は普通だったのに、このお店に着いてからの伊奈さんはなんだか不機嫌だ。おちょくる気なんて一切無く理由を尋ねただけだったのだが、余計に彼の機嫌を損ねてしまった。  面倒な人だなぁ、なんて声に出して言ったら確実に怒られそうなことを考えていると、ふいに背後から聞き覚えのある声が響いた。 「相変わらず仲良しですね。僕も仲間に入れてもらっていいかな?」  私たちの間からひょっこりと顔を出したのは、なんだか楽しそうに含み笑いを浮かべた宮原さんだった。  立ち上がって挨拶をしようとすると、そのままでいいよ、なんて穏やかに制されてしまったので座ったままお辞儀をする。 「お久しぶりです、宮原さん! あの、今日はわざわざ来て頂いてありがとうございます」 「いえいえ。改めてお祝いの言葉を言いたかったから、ちょうどよかったよ。この度はご婚約おめでとうございます」  前と変わらない爽やかな笑顔の宮原さんは、そう言って小さな花束を差し出してくれた。ピンク色の可愛いバラやガーベラを一纏めにした、可憐な花束だ。 「わあ……! えっ、わ、私に?」 「もちろん。あんまり豪華なものだと伊奈が良い顔をしないと思ったから、小さめで申し訳ないね」 「……小さけりゃいいってもんでもねぇだろ。はあ、格好つけやがって……」  花束を受け取ってお礼を言うと、宮原さんは満足そうに頷いてから空いていた席に座った。  伊奈さんは苦い顔をしながらも、宮原さんにメニューを渡してあげている。なんだかんだ言いながらこの二人も仲良しなことを知っているから、そんなやり取りを見ていると微笑ましくなってしまった。 「しかし、いずれ結婚するだろうとは思ったけど、まさかこんなに早いとはね。桜さんが急かしたんですか?」 「えっ!? ぅあ、えっと、せ、急かした……かなぁ……?」  急に問い詰められて、私はお手拭きを片手にして返事に窮してしまう。「早く結婚したい」と急かした覚えはないけれど、「結婚してくれますか」とプロポーズのような台詞を言ってしまった覚えはあるからだ。  しどろもどろになっていると、呆れ顔の伊奈さんが助け舟を出してくれる。 「別にそういうわけじゃない。俺もいい年だしな、こいつより家族の方に急かされた」 「ああ、なるほど。僕も家族に『このまま独り身で死ぬつもりか』なんて言われてるよ。今時珍しくもないのにな、この年で独身だなんて」 「そりゃ家族は心配するだろ。まあ、お前も頑張れよ」 「なんだ、自分は良い人見つけたからって余裕だな。僕も桜さんのような人と出会いたいよ」 「……やらないぞ」 「盗らないよ。まったく、恩人に向かって失礼だなぁ」  ねえ桜さん、と同意を求められて、私は苦笑いを返した。  そのうち注文した料理が運ばれてきたので、三人でシェアして食べることにする。頼んだ料理のほとんどがこのお店の常連だという宮原さんのチョイスだが、どれも見た目から綺麗でおいしそうだ。 「ん。取り分けてやる」 「あ、すみません。ありがとうございます」 「へえ、珍しい。伊奈が人のために動くなんて」 「うるさいな! お前は自分でやれ!」  運ばれてきたオーロラサラダを取り分けてくれようとした伊奈さんを宮原さんが茶化す。  どうも宮原さんはこうして伊奈さんをからかうのが好きなようだが、たまに私の方にもとばっちりが来るのでやめてほしい。 「ああ、そうだ。剣道部の奴らにも伊奈が結婚するって話したら、結婚式の余興は任せてくれって言っていたよ。どうする、止めた方がいいかな?」 「あー……確かに、ちょっと心配だな」 「え……どうしてですか?」  せっかくの申し出なのだからお願いしたらいいのに、と疑問に思って尋ねると、伊奈さんは苦い顔をして考え込んだ。何やら、二つ返事でお願いできない理由があるようだ。 「いつも突拍子もないこと考える連中だからな。でもまあ、さすがに結婚式でバカなことはしないか」 「みんな思考が高校生で止まってるからね。もういい大人だし、大丈夫だとは思うけど」 「そうだな……桜、いいか?」 「私は全然構いませんよ! うふふ、楽しみですね」  宮原さん以外のお友達に会ったことは無いけれど、話を聞く限り楽しい人たちのようだ。それに、まだ挙式会場も決まっていないのに余興を申し出てくれるのだから、きっと伊奈さんが結婚することを喜んでくれているのだろう。  また一つ楽しみが増えた私は、懐かしそうに高校時代の話をする伊奈さんと宮原さんの会話を笑顔で聞き入った。
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