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探していたのは、あなたでした
どくんどくんと忙しなく動く胸に、そっと手を当てる。
普段よりきついドレスの締め付けのせいもあるけれど、こんなに息苦しいのはきっと緊張しているからだ。
「おい、桜。大丈夫か?」
ふと聞こえてきた声に、慌てて顔を上げる。
そこには心配そうに私を見つめる伊奈さんがいて、その優しい表情を見たら少しだけ呼吸が楽になった。さっきまでいくら深呼吸しても駄目だったのに、彼が隣にいると思うだけで安心するから不思議だ。
「見事に緊張してるな。もっと気ぃ抜けよ」
「そ、そんなこと言われても! だって一生に一回の結婚式だと思ったら、緊張するじゃないですか」
「それはそうだが……今からそんなんじゃ、後で疲れるぞ?」
今私たちがいるのは、着替えやメイクをするための小さな部屋だ。いわゆる、新郎新婦の控室というやつである。
お天気にも恵まれた小春日和の今日、私と伊奈さんはいよいよ結婚式当日を迎えることとなった。
「逆に、どうして伊奈さんはそんなに落ち着いてられるんですか?」
「どうせ来てるのは知り合いばっかりだろ。お前ん家に結婚の挨拶しに行った時の方が緊張したぞ、俺は」
「そ、そうですか……」
しれっとした顔でシャツの襟元を直している伊奈さんはどこからどう見ても落ち着き払っていて、さっきからそわそわしている私とは正反対だ。空調もしっかり効いているのに汗が止まらないし、なぜか喉が渇いて仕方ない。ドレスのままだとトイレも大変だから、あまり水分は摂らないようにしたいんだけど。
「それにしても、やっぱりプロの化粧はすごいな。お前、まつ毛ばっさばさだぞ」
「なっ……、も、もっと良い言い方してくださいよ! いつもより綺麗だよ、みたいな!」
そう言って詰め寄ると、伊奈さんは面倒そうに「はいはい」と私をいなした。
真っ白なタキシードに身を包んだ彼の姿に私の方はどきどきさせられっぱなしだと言うのに、伊奈さんは私のドレス姿を見てもぶっきらぼうに「いいんじゃねぇか」と一言つぶやいただけだった。もっと感動してくれるかと思ったけれど、やっぱり伊奈さんはいつも通りみたいだ。
「失礼します。ご親族の方々の準備が整いましたので、これから集合写真をお撮りしたいのですが……」
「あ、はい! 分かりました!」
静かなノックとともに部屋に入ってきた式場のスタッフさんに促され、私と伊奈さんも撮影場所へ移動する。慣れないドレスに手間取りながらも、スタッフさんと伊奈さんに助けてもらってどうにかこうにか歩くことができた。
そして、親族が集まっているという部屋に辿り着いて扉を開けると、その瞬間甲高い声に迎えられた。
「あー!! しゅうにぃとさくらちゃん!!」
「すごーい、さくらちゃんかわいい! おひめさまみたい!」
「しゅうにぃ、なんで白い服きてるのー? へんなのー!」
バタバタと駆け寄ってきてくれたのは、咲子さんの三人の子どもたちだった。可愛らしい子ども用のドレスとスーツを着た三人は、きらきらした眼差しで私と伊奈さんを見つめている。
「桜ちゃん、ドレス似合ってる! やっぱりいいわねえ、女の子は華やかで」
「ほんとほんと! 周にぃは……うーん、なんか鼻につくなぁ」
「ね。周にぃだったら真っ黒で地味な方が良かったんじゃない?」
子どもたちに続いて近付いてきたのは、伊奈さんのお母さんに咲子さん、そして萌子ちゃんだ。その後ろでは咲子さんの旦那さんが、騒ぎ始めた子どもたち三人を追いかけまわしている。
「お前らなぁ……俺だってもっと地味な方がいいって言ったんだからな! それをこいつが、絶対に白がいいって言うから……!」
「はいはい、分かってるって。桜ちゃんの夢を叶えてあげたかったのよねぇ? お熱いことで」
「なっ……! ああもう、勝手に言ってろ!」
にやついた女性陣の視線に耐えられなくなったのか、伊奈さんは拗ねたようにぷいっとそっぽを向いてしまった。三人とも好き放題言っているように見えるけれど、その顔は晴れやかでとても楽しげだ。
「周ちゃん、桜ちゃん。よかったねえ、今日はとっても良いお天気になって」
「あ、おばあちゃん! はい、おかげさまで……」
「うふふ、可愛らしい花嫁さんが見られてばあちゃんも嬉しいわ。あら、周ちゃんは何をぶすっとしてるの。今日は主役なんだから、にこにこしていないと」
「……分かってるよ。ほらばあちゃん、疲れるから座ってろって」
「ああ、ありがとうねえ」
おばあちゃんに優しく窘められて、さすがの伊奈さんも素直に言うことを聞いている。そんな彼に促され、やっと出番を迎えた晴れ着に身を包んだおばあちゃんはゆっくりと椅子に腰かけた。結婚式の日取りが決まったと連絡をしてすぐ着物の準備をしていたらしいから、よっぽど今日の式を楽しみにしてくれていたのだろう。
それから私の方の親族にも一通り挨拶をして、カメラの準備が整ったところで写真撮影をした。
こうして両家の親族に囲まれてみると、改めて伊奈さんと「家族」になるのだと実感する。婚姻届は少し前に提出していて苗字もすでに変わっているけれど、今日はまた一段と身が引き締まるような思いがしたのだった。
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