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「……以上、本日頂戴した祝電を読み上げさせていただきました。続きまして、新郎のご友人による余興をお願いしたいと思います。それでは代表の方、お願いいたします」
なんだかんだで披露宴も中盤に差し掛かり、私の緊張もすっかり解れてきた頃。
前半にお願いした芳乃の友人代表スピーチで予想以上に私が大号泣したこと以外、何の滞りもなく式は進んでいた。
司会者の呼びかけのあと、伊奈さんの高校時代の友達数人が会場の前方に出てきた。剣道部の仲間たちで何か余興をしてくれるとのことだが、私も伊奈さんも詳細は知らされていないのだ。
「あれ? 宮原さんがいませんね」
「本当だな。他にも二、三人見当たらないが……何するつもりだ、あいつら」
わずかに空いた時間で食事を口にしていたけれど、前方に出てきた友達の中に宮原さんの姿がないことに気付いて手を止める。
何か準備をしているのかな、と思って辺りを見回していると、突然会場内の照明が暗くなった。
「わ、えっ!?」
「えー、本日は、二人ともご結婚おめでとうございます。僕たちは高校時代、新郎である周一郎くんと共に三年間部活動で汗を流してきました。僭越ながら、この場をお借りして二人へささやかなお祝いをさせて頂きたく思います」
友達の一人がマイクを持って、何やらにやにやしながら話し始める。伊奈さんはその姿を怪訝な顔で見つめていたけれど、バタンと後方の扉が開く音に気付いて振り返った。
「どうぞ皆様、よろしければ後方をご覧ください! 周一郎くんと桜さんのために連れてきました、スペシャルゲストです!」
ハイテンションなそのアナウンスの直後、開かれた扉から入ってきた物体に私と伊奈さんは揃って目を剥いた。
たぶん、私たちだけでなく会場の誰もが目を丸くしていたことだろう。
「え……獅子舞?」
「でも、頭が違うよ。なにあれ?」
高砂に近い席のテーブルから、ひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。
扉から入ってきたその物体はどんどん私たちに向かって近づいてくるけれど、それが何なのかはっきりとは分からない。頭と思われる長いものの先には目や鼻がついていて、胴体と思われるものは白い布で覆われている。ぼこぼこと動いている様子からすると、中に数名が入っているようだ。
その得体のしれない生き物は、招待客の座るテーブルの間を縫って、ついに私たちのいる高砂近くまで歩いてきた。そこでようやく全体像を見ることとなった私と伊奈さんは、その姿に愕然とする。
「な……何やってんだ、宮原」
「見て分からないか? 馬だよ。正確に言うと、僕は白馬の頭だ」
渾身のドヤ顔でそう言い放ったのは、得体のしれない生き物の頭部……を被った、宮原さんだった。
言われてみれば確かに耳やたてがみがあるし、馬に見えないこともない。胴体の方はまた別の三人が入り込んで布を被っているようだが、何とも言い難いシュールな姿である。頭部役であるらしい宮原さんの顔がやたら美形だから、なおさらアンバランスだ。
「はい、ということで、周一郎くんにはぜひこの白馬に乗っていただきたいと思います!」
「はあっ!? 乗るってっ……冗談だろ!?」
「僕たちが事前に調査したところ、新婦である桜さんは『白馬に乗った王子様』と結婚することが幼い頃からの夢だったそうです! それを聞いて、ぜひその夢を僕たちと周一郎くんで叶えたいと思い、今回はこの白馬をご用意いたしました!」
その言葉を受けて、正体不明の物体に動揺していた会場内からほっとしたように拍手が起こる。ようやく合点がいった、とでも言ったところだろうか。
私の友人たちがいるテーブルからは笑い声まで聞こえて、そちらを見ると芳乃が一際楽しそうに笑っている姿が見えた。彼女たちにはその幼い頃からの夢を話していたから、「桜、よかったねー!」なんて能天気に手を叩いている。
「伊奈、早く乗ってくれよ。後ろの三人で担ぐから」
「なっ……お前ら、正気か? 職場の上司も見てるんだぞ!?」
「知ってるよ。でも、伊奈が僕に相談してきたんだろう? 『白馬ってどこで借りられる?』って」
「ぐっ……、だ、だからってよりによって結婚式でこんなっ……!」
「ほら、いつまでも渋ってると格好悪いぞ! 桜さんも待ってるし!」
友人たちに急かされた伊奈さんは、今まで見た中で一番苦々しい顔をして前髪をぐしゃりと握った。それから大きなため息をついて、諦めたようにその白馬へと近づく。
私は伊奈さんから少し離れた場所に誘導されて、そこで白馬に乗った彼を待つように指示を受けた。
「はい、ようやく乗っていただけましたー! それでは早速、新婦のもとへどうぞ!」
のそり、のそりと伊奈さんを乗せた白馬が動く。
会場内からはパシャパシャと無数のカメラのシャッター音が聞こえるけれど、伊奈さんは愛想笑いすら出てこないのか、無表情で真正面に立つ私を見つめているだけだ。
ついでに言うと、頭部役を務めている宮原さんはにこやかにこちらを見ている。
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