探していたのは、あなたでした

3/4
前へ
/82ページ
次へ
 そして、ゆっくりと歩を進めていた白馬が私の目の前で歩みを止めた。  担ぎ役の友達三人が屈んで、伊奈さんがその上から降りる。それから、その一連の動きをじっと見つめていた私の目の前に立った。 「……言い訳だけ、させてくれ。俺は知らなかったんだ」 「はい、分かってますよ。みなさん、わざわざ準備してくださったんですね」 「幼稚園のお遊戯会よりひどいけどな。せっかくの結婚式なのに、悪い」  ぼそぼそと小さな声で謝る伊奈さんは、申し訳なさそうに眉を下げた。謝らないでください、といくら言っても今の彼の耳には届いていないようだ。 「さて、それでは新郎から新婦に一言どうぞ! 愛の言葉でもなんでもいいですよ! あ、誓いのキスをもう一度してもらっても構いません!」 「やかましい! お前らあとで話があるからな、勝手に帰るなよ!」  進行役の友達を怒鳴りつけて、伊奈さんは渋々といった様子でもう一度私に向き直った。  今日はずっとよそいきの笑顔を振りまいていたのに、すっかりいつもの仏頂面に戻ってしまっている。上司がいるのに、なんて自分で言っていたくせに、それも頭から抜け落ちているようだ。  まあ、職場関係の招待客を集めたテーブルからは「伊奈くん、頑張って!」なんて励ましの声が聞こえるくらいだから、きっと問題は無いだろう。  そして一呼吸置いたあと、伊奈さんがためらいがちに口を開いた。 「……正直に言うと、俺は未だに、お前を幸せにしてやれる自信がない。家は貧乏だし、ボロいし、それに俺は短気だから、すぐカッとなって後悔することだって山ほどあるし……」  ぽつぽつと呟く伊奈さんの瞳を、じっと見入る。  まっすぐ私を見つめるその瞳には一つの偽りもなくて、初めて出会ったときの彼とは別人のように思えた。 「でも、そんな格好悪い俺の姿を見ても、お前は引くどころか近付いてきてくれた。それが、なんつーか……嬉しかったんだと、思う」  少し照れくさそうに、伊奈さんが言葉を選びながらしゃべっているのが分かる。  先ほどまでざわついていた会場はしんと静まり返って、彼の紡ぐ言葉を皆が聞き入っていた。 「今はまだ、『俺についてこい』だなんて大層なことは言えない。……ただ、何よりも大事にするから。だから、ずっと傍にいてほしい」  そう言ってから、伊奈さんは目を見開く私の前で片膝をついた。  そして、ほんのり赤く染まった顔で私を見つめて、そっと右手を差し出す。 「俺と一緒に、生きてくれるか?」  はっきりとそう告げる伊奈さんのその姿が、ずっと夢に見ていた物語のワンシーンとぴったり重なった。  白馬に乗って現れ、真っ白なタキシードに身を包んだ王子様。  私だけを一途に愛してくれる、誰よりも大切にしてくれる運命の人。  結婚に夢を見すぎだと、現実を見ろと私を笑ったくせに、今こうして目の前でその夢を叶えてくれた。  あの時の私の直感は、外れてなんかいなかった。  小指から繋がる赤い糸の先にいたのは、やっぱり伊奈さんだったのだ。  気付いたときには、私は目から大粒の涙を零していた。  そして何度も何度も頷きながら、差し出された彼の手を取る。嗚咽ばかりで何も話せない私の代わりに、今日ここに集まった人たちが拍手で包んでくれる。その温かさにお礼を言いたいのに、泣くことしかできないのがもどかしかった。 「……大成功、かな?」 「不本意ながらな。宮原、お前いい加減そこから出てこい。今晩の夢に出てきそうだ」  すぐ近くで伊奈さんと宮原さんのやり取りが聞こえる。  伊奈さんに肩を支えられながらようやく動けるようになった私は、彼から受け取ったハンカチで涙を拭いた。さっきの芳乃のスピーチでも号泣してしまったから、きっとメイクもボロボロだろう。 「あーあ。せっかく綺麗にしてもらったのにな」 「えっ……や、やっぱり落ちちゃってますか!? メイクさんに怒られますかね!?」 「怒られやしないだろうが……まあ、別にいいだろ。可愛いよ、そのままでも」  泣き腫らした私の顔を見て、伊奈さんがぽつりとそんなことを呟く。  その一言にまた顔が熱くなって、披露宴が終わるまで私はずっと浮かれてしまっていた。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1193人が本棚に入れています
本棚に追加