探していたのは、あなたでした

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「よっ、おはようさん! 玉ねぎあるかい?」 「あ、小林さん! おはようございます、いい新玉が入ってますよー!」 「おお、今日は桜ちゃんか! いいねえ、八百屋のおかみさんがすっかり板に着いちゃって!」 「えへへ、そうですか? でも、いつも周一郎さんに怒られてばっかりなんですよ」  店先から聞こえてきた声に応じると、常連さんであるお弁当屋のおじさんがいつものように買い物にやってきたようだった。  今朝、周一郎さんが市場から運んできたばかりの大きな新玉ねぎをいくつか見繕って、ぱちぱちと電卓で計算をする。 「ははっ、周ちゃんも相変わらずか! でもありゃあ、ほとんど照れ隠しみたいなもんだろ? さすが新婚さん、ラブラブだねえ」 「え、そう見えますか? ふふっ、だといいんですけどねぇ」 「どっからどう見てもラブラブだよ! 羨ましいねえ、おじさんももう30歳若けりゃ桜ちゃんにアプローチしてたのに!」  豪快に笑いながら冗談を言うおじさんに、玉ねぎの入った袋を渡しながら私も笑う。  こうやってちょくちょく店番をしているうちに、すっかり常連さんたちと仲良くなった。中には「死ぬ前に周ちゃんのお嫁さんが見れてよかった」なんて言うお客さんもいて、このお店と彼が商店街の人たちにどれほど慕われているかを実感したものだ。 「じゃあな、桜ちゃん! 店番頑張って!」 「はぁい、ありがとうございましたー!」  おじさんを見送って、ふう、と一息つく。  その直後、背後からどすんと鈍い音がして、びっくりした私は慌てて後ろを振り向いた。そこにいたのは、なんだか渋い顔をした周一郎さんだった。 「お前、また口説かれてただろ。油断も隙もねぇな」 「えっ……く、口説かれてないですよ! ただのお世辞じゃないですか」 「どうだか。お前、妙におっさんたちに人気あるからな」 「妙にってなんですか! もうっ、周一郎さんだって若い奥様にきゃあきゃあ言われてまんざらでもない顔してるくせに!」  私がそう言い返すと、周一郎さんは鼻でだけ笑って作業に戻ってしまう。「まんざらでもない顔してる」という言葉に対して否定しなかったあたり、奥様たちに人気があるのは本当にまんざらでもないようだ。客商売なんだから良い事だとは思うけれど、やっぱりなんだか悔しい。  お店をリフォームしてから、以前よりも若い年代のお客さんが来てくれることが増えたという。きっと内装が綺麗になってお店に入りやすくなったことや、野菜を使ったレシピを店内に貼るなど工夫したことも影響しているだろうけど、見た目だけならそこらの俳優さん並にかっこいい周一郎さんが店先に立っていることもおおいに影響しているのではないだろうか。 「おい、なに難しい顔してんだ。暇ならこっち手伝ってくれ」 「はいはい、どうせ私には集客力ありませんからね。お手伝いしますよーだ」 「ぷっ、なんだそれ」  わざとらしく拗ねた言い方をすると、周一郎さんはおかしそうに笑った。  綺麗な女性のお客さんに話しかけられている彼を見ると、どうしてもやきもちを焼いてしまうことだってある。でも、今のように屈託のない笑顔を見せてくれるのは私にだけだということを知っているから、そんなやきもちだって一瞬で忘れてしまえるのだ。 「そういえば、母さんはどうした? どこか出かけたのか」 「あ、はい。角のパン屋さんにイートインコーナーが出来たから、お友達と行ってくるって。コーヒーとか、ちょっとしたドリンクも頼めるらしいですよ」 「なんだよ、桜がいると遊びまわってばっかりだな」 「ふふっ、楽しそうなんだからいいじゃないですか。あ、私たちも今度行ってみましょうよ! 私、あそこのクリームパン大好きなんです」 「分かった分かった。あ、この値札貼ってくれ」 「はぁい」  私としゃべりながらも、周一郎さんは仕事の手を止めないままてきぱきと作業をこなしている。  以前勤めていた会社でも彼の仕事っぷりは評判だったと聞いていたけれど、その話はどうやら本当のようだ。おかげでお店の売り上げは好調らしいが、ちょっとしたミスをするたびに厳しいお言葉が飛んでくるから要注意だ。 「あ、そうだ。明日は出かけるぞ」 「えっ? どこにですか?」 「花見だ。前に行った公園、今ちょうど満開らしいからな」 「わあ、いいですねー! じゃあ、みんなの分のお弁当用意しないと!」 「あー……いや、弁当は二人分でいい。俺とお前の分な」  手元の領収書の束から目を離さないまま、周一郎さんがぽつりと呟く。  一瞬どういう意味か分からなかったけれど、じっと彼のその態度を見ていたら理解することができた。「二人きりで出かけよう」とはっきり言ってくれればいいのに、きっと照れているのだ。 「……じゃあ、周一郎さんの好きなアスパラベーコン、いっぱい入れますね」 「ん。あと、ピーマンの肉詰め」 「うふふ、それも好きですもんね。あ、菜の花もまだあったかな。おひたしにしようっと」 「いいな、春っぽくて」 「ね、いいでしょう」  周一郎さんの目の前に屈んで微笑むと、彼もふわりと優しい笑みを返してくれる。その笑顔を見るだけで胸が高鳴って、どうしようもなく彼が愛おしくなるのだ。  彼のそばにいる限り、きっと何度だってこんな幸せな瞬間が訪れるのだろう。  ともに苦労を分かち合い、そして笑い合える人と同じ時を過ごせる。この穏やかで優しい時間を、私はずっと探していたのかもしれない。 「周一郎さん。私、今とっても幸せです」 「……あっそ」  相変わらずぶっきらぼうなその言い方にも、最近ではもうすっかり慣れてしまった。くすくす笑っていると、何か言いたげな周一郎さんが無言で顔を近づけてくる。  そして小さく「俺もだよ」と囁いてくれるから、私はまた深い幸せと愛情を感じながら、彼からの優しい口づけを受け入れた。
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