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「はい、お疲れ様でしたー! いやあ、ありがとうございました! 放送は7月末になると思いますので!」
「はい。ありがとうございました」
スタッフの人たちがぞろぞろと店先を後にする中、DAIKIさんだけがにこにこしながら立っている。「早く帰れよ」とでも言わんばかりの鋭い眼差しを向ける伊奈さんに呆れつつ、私はおずおずと問いかけた。
「あ、あのー、まだ何か……? あっ、もしかして怒ってます!? すみませんっ、周一郎さんは元々こういうひねくれた性格でして……!」
「ああ!?」
「ふふっ、そういうわけじゃないですよ。聞いていた通り、面白い人たちだったので楽しくて」
「は……? 聞いてた?」
訳が分からなくてぽかんと口を開けていると、少し離れたところから誰かがDAIKIさんを呼ぶ声が聞こえてきた。スタッフの人かな、と声のする方を見て、私と伊奈さんは同時に目を見開く。
「お疲れ。ロケは無事終わったのかな?」
「えっ……み、宮原さん!?」
「お久しぶりです、桜さん。伊奈の世話で疲れていませんか?」
そこにいたのは、夏だというのに涼しげな顔でスーツを着こなしている宮原さんだった。
「宮原! お前、何でここに……」
「今ちょうどお客さんの所に行ってきた帰りでね。伊奈の家に取材に行くって聞いてたから、ついでに見学しに来たんだよ」
「は……? でも、お前には取材のことなんて言ってないだろ」
「大樹から聞いたんだよ」
そう言うと、宮原さんはDAIKIさんの肩を親しげにぽんと叩いた。DAIKIさんはそんな宮原さんににっこりと笑いかけてから、ようやく口を開く。
「自己紹介が遅れてすみません。僕、本名は宮原大樹っていうんです」
「え……と、ということは」
「なんだ、まだ言ってなかったんだ。すみませんね、いたずら好きな奴で。こちら、弟の大樹です」
ぺこりと頭を下げる二人に、私は驚きのあまり声も出せなかった。伊奈さんもかなり驚いた様子だったが、一拍置いてから怒鳴るように声を上げる。
「どうも胡散臭いと思ったら、宮原の弟だったのか!?」
「はい。この商店街でロケするんだって兄に話したら、友達のやってるお店があるって聞いて」
「そうそう。面白いやつだから、ぜひ行ってほしいって言ったんだよ。宣伝にもなるだろう?」
「あはは、兄ちゃんの言ってた通り面白かったよ。ロケは初めてだから緊張してたんだけど、この人たちのおかげで普段通りできた」
「そうか、それは良かった。伊奈、大樹が世話になったみたいだね。ありがとう」
宮原さんは丁寧に頭を下げると、「せっかくだからスタッフの方々にも挨拶しようかな」と言ってDAIKIさんと一緒に颯爽と去って行った。後に残された私たちは、楽しそうな彼らの後ろ姿をぼけーっと眺める。
「……なんだったんだ」
「で、ですね……ていうか伊奈さん、DAIKIさんのこと知らなかったんですか? 宮原さんの弟さんなのに」
「弟がいるとは聞いてたが、会ったことねえし……家族の仕事の話までしないだろ」
「そ、それもそうですね……あー、びっくりした」
一気に力が抜けて、店の奥に戻った私は畳の上に力なく座り込んだ。さすがの伊奈さんも疲れたのか、私の隣にどすっと座る。お店の方にはお母さんと萌子ちゃんたちが出ていてくれるようなので、ありがたく休ませてもらうことにした。この短時間で色んなことがありすぎて、どっと疲労感が増した気がする。
「はあ……やられた。既視感のある胡散臭さだと思ったのに、うっかり挑発に乗っちまった……」
「な、なんですかそれ。でも確かに、言われてみれば宮原さんと似てるかも……何を考えてるのか分かんない感じが」
項垂れる伊奈さんの横で、先ほどのDAIKIさんとのやり取りを思い出す。やけに私に話を振るなぁと思ったけれど、あれは伊奈さんにちょっかいをかけたかっただけなのだろう。そして、伊奈さんはまんまとDAIKIさんの思惑にはまってしまったというわけだ。
「……俺の妻、って言っちゃってましたけど。いいんですか? 女性客、減っちゃいますよ」
「別にいい。どうせそのうち分かることだしな。……それに、同じ立場になってみたら、なんつーか……面白くないもんだな」
「え? 同じ立場って?」
「悪かったよ。やきもち焼いてただろ、俺がお客さんにモテてんの見て」
またしても自意識過剰な発言だが、事実なのでそこはひとまず置いておこう。
今の伊奈さんの言葉の意味をよくよく考えてから、私は勢いよく彼の方を向いた。
「それって、周一郎さんもやきもち焼いてたってことですか!? 私とDAIKIさんが話してるの見て!?」
「なっ……お前、でかい声出すな!」
「す、すみません……でも、そういうことですよね?」
「っ……、ああ、そうだよ! だってお前好きだろ、ああいう顔が綺麗な気取った男!」
分かってんだからな、と怒りながらそっぽを向いてしまった彼の横顔を見て、私は思わず噴き出した。
確かに、初めて出会った時の伊奈さんも「顔が綺麗な気取った男」だった。でも、私が本当に好きになったのは、今隣にいる口が汚いけれど誰よりも素直で優しい伊奈さんなのだ。
「……うふふ」
「あ? 何笑ってんだよ」
「いいえー。いやあ、愛されてるなぁと思いまして」
「なんだそれ。自意識過剰だな」
「それを言うなら周一郎さんだって」
言い合いながら、可笑しくなってどちらからともなく笑い出す。こんなにも楽しくて幸せな毎日が送れることに、私は改めて感謝した。
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