【どうして、こんなにも】

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【どうして、こんなにも】

 宮原から連絡が来たのは、奴にあの話を持ちかけたことすら忘れていた頃のことだった。 『前に話してた例の女の子と、会ってみたいな。連絡取ってくれよ』  そう言われて、本当に一瞬何の話をされているのか分からなかった。  なんだそれ、と怪訝な声で返してから「婚活パーティーで会った子」と言われ、そこでやっとあいつのことだと理解する。  一ヶ月ほど前、婚活パーティーで知り合った女。  俺の勘違いから始まったその関係は、不思議なことに途切れることなく今でも続いている。  そいつの婚活を邪魔してしまった詫びとして、男を紹介する。それに加えて、婚活に対するアドバイスまでしてやる。  そんなことを言い出したのも俺からだったが、その時はただの思いつきだった。ちょっと面白そうだと思っただけで、少しの興味と好奇心から始まった関係だった。  それなのに、一体どういうことだろう。  ここのところ毎週末をあいつと過ごしていたせいか、それとも最も他人に見せたくなかった我が家のことまで知られてしまったせいか、自分でも気付かないうちにあの女に変な愛着が湧いてしまったようだ。  あいつが俺を頼るのは婚活のためで、つまりは他の男と出会って結婚するために俺を利用しているだけに過ぎない。そんなことは最初から分かっていたはずなのに、あいつが俺以外の男と並んで歩く姿を想像しただけで腹立たしくなった。  想像しただけでなぜかイラついてしまうのだから、実際にこの目であいつが他の男と一緒にいる姿を見るのは避けたかった。おかしなことを口走ってしまいかねないからだ。  それに、あいつもきっと宮原を気に入ることだろうし、もう俺の手助けなんて必要ないはずだ。  宮原は俺と違って本当に優しくて気の利いた男だし、女の扱いには慣れている。だから、あいつはきっと俺に初めて会ったときのように目をキラキラさせて、そしてあのバカみたいに無防備な笑顔を向けるのだ。  ──俺ではない、他の男に。 「……あ。伊奈さん……」 「あ? ……おー。あんたか」  壁にもたれてぼうっとしていた俺に声をかけてきたのは、今最も会いたくない女だった。  今日は、こいつと宮原の二回目のデートだ。  約束通り紹介してやったのだから、後はもう二人で好きにすればいい。そう言ったはずなのに、今日は宮原にどうしても来いと言われて仕方なくやってきた。  他人のデートを見せつけられるなんてまっぴらごめんだと一度は断ったのだが、いつになく強引な宮原の勢いに圧されてうっかり来てしまった。しかし、自分のその軽率な行動を今は後悔していた。 「……へえ。そのスカート、履いてきたんだな」 「あ……は、はい。おかしいですか?」  少し照れくさそうに笑ったあいつは、俺が選んでやった爽やかな青色のスカートを履いていた。前に模擬デートをしたときにも履いていたものだ。  別にこいつがどんな服を着ようが俺には関係ないことだ。それなのに、宮原とのデートにその服を着てきたことがどうにも腹立たしくて、俺は鼻で笑いながらそっけなく吐き捨てる。 「いいんじゃねえか? けど、今度は宮原に選んでもらえよ。俺が選んだ服なんて用済みだろ」 「え……そ、そんなことないですよ。私、伊奈さんが選んでくれた服、気に入ってて」 「はっ、世辞もうまく使えるようになったんだな。宮原に教わったのか?」 「い、伊奈さん? どうしたんですか? 別に、智樹さんには何も……」  あいつの口からその名前を聞いた瞬間、頭が燃えたかのように熱くなる。  どうしてこんな気持ちになるのか考えもせずに、口から突いて出てきたのは自分でも驚くほど醜い言葉だった。 「智樹? 名前で呼んでるのか。驚いたな、もうすっかり彼女気取りか」 「えっ!? ち、違います! だって、そう呼んでほしいって言われたから……!」 「へえ。あんた、あいつに言われれば何でも言うこと聞くんだな。うまくいってるみたいでよかったよ、これで俺もやっとあんたのわがままに付き合わなくて済む」  落ち着いて考えてみれば、その言葉はただの嫉妬心から出たものだと分かる。でも、この時の俺はそんな簡単なことにも思い至らないほど動揺し、そして落胆していた。  しかし、そんな俺の胸中など知りもせずに、あいつは泣きそうな顔になって俺ににじり寄り、震える声で懇願するように俺に問いかけてくる。 「なっ……、なんで、なんでそんなこと言うんですか……!?」 「……本当のことだろ。あんたは結婚相手を見つけたくて俺を利用してただけだし、俺だってサクラのことを言いふらされないように付き合ってただけだ。相手が見つかったんだから、もう俺たちが会う必要も無いだろ」  坦々とそう言い放つと、あいつは愕然としたように目を見開いた。  なぜそんな顔をするのか。希望通りに男を紹介してやって、男受けするようアドバイスまでしてきてやったのに。そしてようやく俺の手助けもいらないような段階まで来たというのに、俺と同じように落胆した表情をするあいつの気持ちが分からなかった。 「い……いや、です。伊奈さんと会えなくなるなんて、嫌です」  震える声でバカなことを言う目の前の女を見て、心臓がどくりと動いた。  宮原とこいつを引き合わせてから、こいつの事を考えるとどうにも腹が立って仕方ない。その理由が分からないことに苛立って、俺は顔を背けながら聞き返す。 「……は? あんた、何言ってんだよ。宮原じゃ気に入らなかったとでも言うのか」 「そ、そういうことじゃありません!」 「じゃあどういうことだよ! いい加減にしろ! あんたに振り回されるのはもうこりごりなんだよ!!」  みるみるうちに涙の溜まっていく大きな瞳には、嫉妬と怒りで我を忘れた自分が映っていた。  それに気付いて、慌てて謝罪にもならない言葉を吐いたけれどもう遅い。ぽたぽたと涙を流すあいつを見つめるのがつらくて、ふいっと顔を反らした。 「あ……会って、くれなくなったら、サクラのこと、言いふらしますっ」 「……勝手にしろ」  嗚咽しながら絞り出されたあいつの言葉も、今の俺はまともに聞いていられなかった。  その子どもじみた脅しも、本気ではないことなんて前から分かり切っていた。こいつは、俺が約束を破ったところで仕返しに弱みを吹聴してまわるような人間じゃない。そう思えるくらいにはこいつの性格を把握している自信があった。  ただ、その脅しに渋々付き合っているふりをしながら、こいつと過ごす時間を心地よく感じている理由だけは、いくら考えても分からなかった。
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