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――嘘……どうして……??
いつもよりずいぶん早く来て、いきなりサッカーボールを探し始めた。
当然、あっという間に見つかって、
昨日までと同じように、びしょ濡れのボールでリフティングを始める。
フード付きの雨合羽を着込んで、それ以外はいつもと何ら変わりない。
当然、回数だって続かないし、
何を好き好んで、こんな大雨の中現れたのか?
――君が見ていて......くれるからだよ。
なんてことがあったらいいが、そんな驚きの事実があったなら、
優衣の心臓はその瞬間で終わりを告げてしまうだろう……などと、
頭でコソッと考えつつも、最初はすぐにやめてしまうと思っていた。
ところがぜんぜんそうじゃなかった。
お昼頃から蹴り始め、一時間経っても止めようとしない。
それどころかいつもより、転がったボールをさっさと追いかけ、
すぐにでもリフティングを始めようとする。
昨日までなら、ボールが転がっていくのを眺めつつ、
天を仰いだり唸ったりと、結局次までけっこう時間が掛かっていた。
ひと言で言うなら、昨日より〝がぜん〟一生懸命なのだ。
昨日のことがよっぽど悔しいのか?
降り注ぐ雨の中、そのキビキビした動きを見ていると、
〝ジーン〟と心が震えてくるようだった。
――がんばって!
まるで映画の主人公を応援するように、優衣は何度も心の中で呟いた。
――がんばって! ほら、もう一回! いいち、にいい、ああ! 惜しい!
なんて言葉が、時々声にもなっていた。
そうしてなんとか、たまに三回目が成功するようになった頃、
彼はボールを抱えてそこからやっと立ち去った。
時計を見ると、午後二時をほんの数分過ぎたくらいだ。
――やっぱり、二時に何かあるんだ、きっと……。
などと思いながら、優衣の心はすでに、明日の午後へと飛んでいた。
それからあっという間に一週間だ。
彼を初めて目にしてから、すでに十日と一日が過ぎ去っている。
彼のリフティングは日に日に上手くなり、
今では三回くらいならまず間違いない。
しかし五回を過ぎたあたりであっちこっちにふらふらし始め、
どうしても六、七回で終わってしまう。
それでも優衣は大喜びだ。
いずれ上手くなるとは思っていたが、
たった一週間でここまでくるとは想像すらしていなかった。
だからこれまで以上にワクワクしたし、
この頃にはもうほとんど声に出しての応援となった。
「すごい! 後三つで十回よ!」
なんて喜んでみたり、彼のリフティング回数を一緒になって数え出すのだ。
「いいち、にいい、さああん、ああ! もう! どうしてえ?」
などと声にしていると、
本当に一緒にがんばっているような気になった。
そうしてひと月近く経った頃、少年は驚くくらいに上手になる。
十回、二十回は当たり前で、昨日はなんと八十回を数回ほど超えた。
さらに今日はちょっとした驚きもあって、
優衣は瞬きするのも惜しいくらいに、必死に目を向けている。
ギブスが突然、グッと小さくなったのだった。
普通そんなものなのか、それとも彼の治りが早いのか?
これまでの重そうなものに替わって、
ずいぶん身軽そうに見えるのだ。
さらに肩から固定されていたサポーターも消えて、
今日はいきなり一回目から九十回を超えた。
――すごい! すごい! もうすぐ百回よ!
動きが一気に滑らかで、見ているこっちがますます嬉しくなっていく。
だから窓をそおっと開けて、顔をほんのちょっとだけ出したのだ。
それがちょうど五十回目を過ぎたくらいで、
それから一気に九十回まで失敗なしだ。
優衣の興奮も絶好調で、窓を開けていることなどあっという間に忘れ去る。
そうしてリフティングは百回目に到達。
その瞬間、優衣は素直に大声を上げた。
「やった! やった!」と言って手を叩き、
「すごい! すごい!」と叫んで握り拳を振り上げる。
とうぜん声や拍手は階下まで響き、
そうなっても優衣はただただ喜んでいた。
ところが次の瞬間だ。
え? と思った時には遅かった。
――やだ!
そう声になったか、ならなかったか?
とにかく心でそう叫び、と同時に顔を一気に引っ込めた。
その後はドキドキのしっ放し。
ただでさえ問題の多い心臓が、ここぞとばかりに力強い鼓動を連打する。
茶髪の彼が、優衣を見上げていたのだった。
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