第一章

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 そうしてその夜、驚くほど早く謙治が病院から帰宅する。  いきなりリビングに涼太を呼びつけ、開口一番こう言い放った。 「お前、全寮制の高校へ行け」  一瞬、〝全寮制〟の意味がわからず、涼太はポカンとした顔をする。  その代わりに、謙治の隣で真弓が即座に反応したのだ。 「ちょっと、全寮制の高校って、それじゃあ、この家から出すって言うの?」 「あんなことがあって、喧嘩の理由も口にしない。親の心配をまるで無視し  て、きっとこの先、俺たちがいくら何を言っても、涼太の心にはちっとも響  きゃしないだろう」 「だからって、全寮制って、いったいどこの?」 「医大時代の同級生が、高校の理事長をやってるんだ、そこが……」 「ちょっと、それって潟ヶ谷さんのところでしょ! やめて頂戴よ、確かあの  人、北海道じゃなかった?」  謙治の言葉を遮るようにそう言ってから、真弓は一気に涼太を向いた。 「涼ちゃん、どうしてあんなことになったのか、ちゃんと理由を言いなさい。  お願いだから、お父さんにしっかり謝って!」  そんな言葉が続いたが、  涼太は依然立ったまま、両親の顔さえ見ようともしない。  実際、どうでもいいと思っているのだ。  視線は一向に定まらず、部屋中をぐるぐる見回して、  いかにもつまらなそうに天井を見上げたりしている。  ところがだ。  急に真弓が泣き出すと、涼太の顔付きも一気に変わった。 「涼ちゃん、どうしてなの? いったい何が不満なのよ、お母さん、あなたが  ぜんぜんわからない……」  そんな嘆きを声にした途端、「わっ」といきなり泣き出したのだ。    当然謙治も目を見開いて、真弓の隣で驚いた顔を一瞬見せた。  しかしすぐに真顔に戻り、そのまま口をつぐんで視線は涼太に向けたまま。    そんな父親を睨みつけ、涼太はそこで初めて口を開いた。 「お袋が、泣いてるだろうよ!」 「お前の、せいでな……」 「違うだろう! 親父が変なこと言い出すからだ!」 「変なこと? なんにしても、お前が乱闘騒ぎなんて起こすからだ」  そんな父子の言い合いの中、真弓はただただ泣いていた。  両膝を抱えるように突っ伏して、悲しい響きを漏れ響かせている。  結局その夜は結論が出ず――というか、一向に泣き止まない妻を放って    置けなくなった謙治が、涼太へ部屋に戻るよう声にした――結果、    話はまったく別のところに急展開だ。  翌朝、涼太の部屋にいきなり現れ、  謙治が唐突に驚きの条件を告げたのだった。   全寮制に行きたくないのなら、  今日からひと月ある場所に、毎日午後一時から一時間居続ける。  それがしっかり守られたなら、全寮制の高校へは行かなくて良いと、  それだけ告げて、彼は返事も聞かずに出て行ってしまった。  きっと真弓に泣きつかれ、なんとか考え出した〝罰〟なのだろう。  本当のところ、家に居たいだなんてこれっぽっちも思わないし、  母親のことがなければ、全寮制だろうが構わないのだ。
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