第一章

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 今から三年とちょっと前だ。  彼が小学校六年生の時、二つ上にいた兄、雄一が他界した。  中学二年で脳腫瘍になって、手術もできないまま病室で息を引き取った時、  彼は何も知らずに病院にある広場でサッカーボールを蹴っていた。  そんな兄の死は、残された両親をとことん苦しめる。    特に母、真弓の嘆き、悲しみようは見ているだけで辛かった。  日に日に痩せ細り、    このまま死んでしまうんじゃないかと心の底から心配したのだ。  だから自分までいなくなったりすれば……、    そう考えるだけでその頃が思い出されて、  父親の申し出に「うん」と答えることができなかった。  その後、顔を洗いに階下に降りると、    真弓が待ってましたとばかりに言ってくるのだ。 「場所はね、昨日の病院なのよ。細かな場所を書いた地図がテーブルに置いて  あるから、遅れないようにちゃんと行くのよ! 約束の時間に遅れないよう  にね!」  玄関先からそう言って、彼女はさっさとどこかへ出掛けてしまった。  ――約束って、誰とのだよ!  なんて素直に思ったが、予想に反しての元気な声が、  ほんの少しだけ〝どんより〟した気持ちを軽くしてくれる。  とにかく、意味はまったくわからないのだ。  ただ、全寮制ってところは、まさに父親が言い出しそうなことだった。  しかし、おんなじ場所に居続ける。  それもひと月間ずっと決まった時間だというのだから、  そうする理由が何かきっとあるのだろう。  見張り番?   それとも防犯のためだろうか?   しかしただの高校生、  それも右腕を骨折して満足に動かせない役立たずを、  わざわざ呼び付けてそんなことをやらせるか?   なんて感じをいろいろ思う。  ただ、なんにしたって、行ってみればわかるだろうと、  彼は時間通りに病院に行き、渡された地図通りの場所に立ったのだ。  そこは、国立病院玄関口の裏っかわ。  急患入り口やちょっとした広場があって、  地図にはそんな場所を赤いペンでしっかり四角く囲んであった。  この赤い線から出てはいけない。  きっとそんな意味だろう……。  ちょうどコンクリートで舗装されているところを、  手書きの地図は示しているようだ。  しかしこんなさびしい場所に一時間いて、どんな意味があるというのか?     入ろうと思えば誰だって裏門から入れるし、  ここまでなら入ったからってなんの問題もない筈だ。  いくら考えても答えは出ずに、彼はただただじっとそこに居続けた。  ――こんなことぐらいならいくらでもしてやる!   ――でも、ワケわかんねんよ!     ってな感じで、最初はどうってことないと思っていたのだ。  ところがいざやってみると、時間がぜんぜん進んでくれない。  ――え!? まだ十分かよ!    思わずそう驚いて、今度こそ三十分は経ったろうと腕時計を見れば、  さらに五分しか経ってなかった。  それまで何もせずに立っていた彼は、  そこから辺りをうろうろ歩き回ったり、ラジオ体操をしてみたりと、  常に身体を動かし時間の過ぎるのを待ったのだった。  しかし三十分が過ぎた頃にはそれにも飽きて、  彼はコンクリート地面に寝転がってしまうのだ。  それでも眠ってしまうことはなく、脚を組んでみたりバタつかせたりと、  常に落ち着きのない印象が付きまとっていた。  初日がそんなだったから、翌日は少年誌を手にして現れる。  初日、家に帰ってみれば、 「ちゃんと、一時間いたらしいじゃない」  なんて真弓が声にして、となれば誰かが見張っていたに違いない。  だから〝バックレる〟わけにはいかないし、  雑誌でも読んでいればあっという間だなんて思ったのだった。
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