第一章

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 そうして次の瞬間だ。  扉を塞ぐように立っていた美穂の身体に、優衣が勢いよくぶつかってくる。  美穂は思わずヨロめいて、そのまましゃがみ込んでしまうのだ。  慌てて辺りに目をやるが、すでに優衣の姿はどこにもない。  走らないで!   そう願いつづ病室を出るが、優衣はすでに階下に続く階段の前だ。  もしも階段途中で発作が起きれば、  ――だめ! だめよ! 「階段はだめ! 優衣、階段はやめなさい!」  そう声になった時にはすでに優衣の姿はそこにない。  そこからは、あえて声を出さずに優衣の姿を必死に追った。    きっと一階の玄関口に向かっているのだ。  階段で何か起きてしまうよりは、  とにかく無事に一階には降り立って欲しい。  そんなささやかな希望は叶えられ、美穂が一階に到着すると、  優衣が待合室の脇を走っているのが見えた。  やはり彼女は玄関口に一直線で、  あと数十メートルで自動ドアへというところでだった。  ――え! どうしたの?  懸命に動いていた優衣の足が、急にその動きをピタッと止めた。  そうしてその場にしゃがみ込み、  苦しそうな顔をきっとこちらに向けてくる。  そんな〝最悪〟を思ったが、幸い発作ではなかったらしい。  優衣はその場に立ち尽くし、じっとしたまま動かない。    美穂は慌てて柱の裏に移動して、  見つからないようにしながらその様子を窺った。  すると病院受付の方に顔を向け、優衣は何かを目を奪われているようだ。  ところが急に我に帰ったようにクルッと後ろを向いて、  そのまま来た方向へ歩き出す。  しかしまた、何歩か歩いたところですぐに立ち止まってしまうのだ。  その時、優衣の傍らに誰かがサッと近寄った。  と同時に、優衣の身体がグラっと揺れて、現れた誰かにしなだれかかる。  はち切れんばかりの白いポロシャツにチェックのズボン……  一見そんな姿でわからなかったが、  それは仕事を終えたばかりの夏川麻衣子、その人だった。  夜勤終わりに雑事をこなし、  やっと帰れると通用口に向かう途中で、偶然パジャマ姿の優衣を見かける。  病院内なんだから、パジャマ姿だって構わないのだ。  しかしどうして一階にいる?   それもたった一人でだなんて……?  ――まさか、勝手に!?  いくらダメだと言ったって、始終監視しているわけじゃない。  走ったりするのは厳しいが、  ゆっくり歩くくらいは今の状態なら問題なくできる。  しかしそれでも、表に出ていくなんてことは絶対ダメだ。  長時間歩けば彼女の場合、いつ発作が起きてしまうとも限らない。  表になんて、行かないでちょうだいよ!   と心で思うが、  視線の先では優衣がどんどん玄関口に向かって近づいていく。  だから夏川も玄関口まで早足で歩いた。  待合のベンチを挟んで、反対っかわを彼女を追って進んだのだった。  そうしてこのまま行けば、  自動ドアのところで優衣と鉢合わせできるだろう。  そう思っていたところで、優衣が急にその足を止めた。  顔がちょうど夏川の進む方を向いて、明らかに驚いた顔を見せている。  だから慌ててその先に目を向けた。  ちょうど診察受付窓口のある辺り、  そんなところに目を向けて、夏川もちょっとした驚きを感じてしまった  ――え? どうしたの?  そんなのはもちろん、受付にいた人物についての驚きだった。  しかし同時に、優衣へのものでもあったのだ。  優衣の表情が一気に変わった。  いきなり額を歪ませ、口元を噛みしめるような顔になる。  だから待合のベンチの隙間に入り込み、  まっすぐ優衣のところへ駆け寄ったのだ。  そうして彼女を抱きとめて、  駆け寄ってきた美穂に静かな声で告げたのだった。 「大丈夫、このままここで待ってますから、急いで急患入口から車椅子を持っ  てきてください」
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