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キャラメルひとつ、甘さはお好みで
「そういうのは、業者を呼ばないと」
「あ、大丈夫です。呼びました」
万事オーケー、とばかりに彼は頷くけど私は内心モヤモヤしていて。だって呼びました、って言うってことはきっと業者に電話をしたのは彼で。それはつまり自販機の不調を知った誰かが自分で連絡せず彼に頼んだ、のだと思う。何の関係もない彼に。
「……そういうのは、見つけた人がやるべきでは……」
思わずこぼしてしまった私の台詞に、だけど彼はちゃんと察してくれて、
「え。あー……。大丈夫です。たいした手間じゃないんで」
と言うけど、私は納得いかなかった。こういう、名前のない手間こそがいちばん疲れるのに。
ふぅ、と息をつく。
彼は何か言いたげにする私をしばらく見つめていたあと、ジャケットのポケットに手をつっこんだ。もぞもぞとまさぐって、取り出した何かを私に見せる。
「お疲れならどうぞ」
キャラメル……。
疲れているのは事実。だけど。そうではなくって……。もう……、頭の回転が速いのか鈍いのかわからない人だなぁ。
でも気遣いは純粋に嬉しい。ありがたく私はキャラメルを受け取った。お礼を言おうと口を開きかけた瞬間、彼の言葉が降ってくる。
「内海さん、俺のこと知ってたんですね」
え?
呼ばれて私は彼を見上げて、でも彼はどこか別のほうへ視線を落としていた。だから、ああ、たわいもない世間話なのかな、って。私は思った。
「水沢さん、いつも仕事してるじゃないですか。だからです」
よくよく考えたらそれも他人の仕事なのかもしれないな……。
「水沢さんこそ、よく私の名前知ってましたね」
私はあまり交遊関係は広くないし、積極的に会話で盛り上がることもない。付き合いが悪い、って思われると面倒だから飲み会とか、ときどき参加はするけれど。それも「やることリスト」に入ってしまうと人間関係自体がなんだか億劫で。もうずっと、仕事して帰って寝てまた仕事に行くだけ、そんな日々。だから別の部署の人にまで認識されているなんて、思わなかった。
「……あー、……いつも仕事してる、から、ですかね?」
顎に手をあてていかにもひねり出しました、ってふうに答える水沢さんを見ると、もしかしたら付き合い悪すぎて名を馳せているのかな、なんて危機感が私を襲う。うう……社交的、でないのは自覚しているけど。悪い噂はやめてほしい。ますます心が死んでしまう。
「糖分、とるといいらしいですよ。疲れてるときは」
水沢さんはさらにもういっこ、私にキャラメルをくれる。私、そんなに疲れた顔してるのかな……。
「……ありがとうございます」
せっかくなのでこの場でいただこう。包み紙を広げて口に放り込んだキャラメルは、久しぶりに食べたせいかとってもとっても甘かった。とっても、とっても。
……私の人生に糖分がとれる日はいったいいつ訪れるんだろう?
〈キャラメルひとつ、甘さはお好みで/完〉
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