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キャラメルひとつ、甘さはお好みで①
繋いだ手をポケットに入れる。
恋愛ものでお馴染みのシチュエーション。いつか私もできたらいいなぁ、なんて夢見てたときもあった。まだ見ぬ素敵な彼氏に胸ときめかせて、クリスマスやバレンタインや、恋人たちのイベントがめぐるたびにドキドキして、おめかしをして。
今はどうだろう。クリスマスもバレンタインも、ただの平日になっている気がする。いつも通り仕事をして、帰り道の華やかさで季節を知る。彼氏がいなかったから。もちろんそれもある。けれど、忙殺されていたんだと思う。なんでもない毎日なのにやることだけは多くて。それとも……。私が夢を見なくなっただけなのかな。忙しい毎日は、言い訳でしかないのかな。周りの幸せそうなカップルを見てると、そうも思う。
私はパソコンの画面から目を離して、ちいさく伸びをした。朝からずっと資料作成。お昼何食べたっけ? と考えてサンドイッチだったことを思い出す。まだ一時間くらい前のことなのに食べた事実すら忘れてるって……だいぶ疲れてる。ちょっと休憩しよう。
画面を閉じて私は席を立った。自販機でコーヒーを買うか、給湯室へ行って自分で淹れるか……。どうしようかな、と考えて私は休憩スペースにある自販機へ足を向けた。そのままそこで少し休みたい。目も疲れてる気がするし……。目をしぱしぱ瞬かせながら休憩スペースに入ると、男性がしゃがみこんでいた。よりによって自販機の前で。えっ? これは、いったい?
「あ、どうも」
男性が私に気づいて会釈をした。しゃがみこんだままで。
「どう、も」
恐る恐る挨拶を返しながら、男性の名前を思い出す。確か、水沢さん。歳はふたつくらい上、と同期の女の子達が話しているのを聞いた記憶がある。部署は違うからそれほど顔を合わせる、というわけではないけど、いつも忙しそうに仕事してる姿をよく見かけていた。私はわりと自分の席で仕事をするタイプだから、よく見かける、ということはそれは何か用事で他部署に行ったときか、もしくは、こんな休憩時間、であって……。
「あの、何を?」
しゃがみこんだまま自販機の取り出し口をためつすがめつしている彼に問いかけると、「あー。すいません。どうぞ」と立ち上がってどけてくれた。けれど私が自販機へ硬貨を入れようと手を伸ばしたら今度は、「すいません、待ってください」と割って入ってくる。
「あのですね。故障中みたいです。これ」
でも今どうぞ、って……。私が怪訝な顔で見上げると察してくれたのか、
「あー、すいません。ここ通るのかと思ったんですけど。早とちりでした。自販機、なんかカップが詰まってるぽいので。たぶん使えないです」
そう言って首を傾げる。近くで見ると彼はとても背が高いのだった。肩にかけていたネクタイを直すさまはそれだけでモデルのよう。うん、もう少し背筋がしゃんとしてれば、まさに。
「水沢さん、ついてないですね。買おうとしたときに壊れるなんて」
だからしゃがみこんでいたのか、と合点がいった。再び見上げると目を丸くした彼の顔があって。
「え……。あー、や、なんか調子が悪いって聞いたんで」
「……それで見に来たんですか?」
「や、まあ、そんなところですね」
彼はしきりに首をひねりながらそう答えた。
聞いたからわざわざ見に来る? 私は不思議に思った。もしかしてコアな趣味かなとも考えたけど、きっとこれは……面倒ごとを押し付けられている、んじゃないの?
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