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おーい! と声をかけられた事で、僕は玄関の鍵を持つ手を宙に浮かせたまま振り返った。
確かに呼ばれたはずなのに、そこには誰もいない。
普段通りに家の前には、手入れのされていない花壇があるだけだ。空耳だろうと結論づけると、僕は玄関の鍵を開けようと視線を戻す。
「おいっ! 呼んでるんだからこっち向け!」
僕は再び振り返る。確かに中年男性のような、渋くて低い声が聞こえた。にもかかわらず、周囲を見渡してもそんな声を発する人物はどこにもいない。
「こっちこっち、下向け」
声のした方に恐る恐る視線を向けると、雑草の生い茂る花壇が目に止まる。
「お前の目の前にいるだろうーが。これだけ言っても分からないのか? お前の目は節穴か?」
言葉の荒さが気にならないほどに、僕は恐怖のあまり硬直してしまう。
「良いか、今から手を振るからな」
反らせない視線で、声の出所と思しき場所を見つめる。目の前にどこから入り込んできたのか、一株の黄色いタンポポの花がギザギザの葉を揺らしていた。
「分かるか? ここだ」
まさかこのタンポポが話しかけてきているのだろうか。さすがに俄かには信じがたい。
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