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「聞こえてるなら返事ぐらいしろよ。こっちは時間があまりない。人間とは違って、寿命が短いんだからよぉ」
「は、はいっ……」
思わず返事をすると満足そうに「言えばわかる奴じゃねぇーか」と聞こえ、風もないのに葉が揺れる。もし本当に、このタンポポが話しかけてきているのだとしたら想像と違っていた。もっと優しい声音の女性をイメージしていたからだ。
草木や動物と話をしてみたい。幼少期に一度は考えるメルヘンな思想に、僕は男ながらも空想にふけたことがあった。でもそれは小さい頃の話であって、中学生になった今ではさすがにその発想には至らないし、すっかり忘れていた感情だった。
「お前に頼みがあるんだ」
僅かに黄色い花が首を下げ、しょげているように見えるのは気のせいだろうか。
「俺が綿毛に変わった時、開けた場所に連れて行って欲しいんだ」
「どうして?」
「ここじゃあ、目の前に大きな壁があって遠くまで種を飛ばせねぇからだ」
確かに家の周りは石垣で囲われていて、花壇の後ろはちょうど高い壁になっていた。
「あと二週間したら、俺は綿毛に変わっちまう。だからそうなったときに、俺をそこに連れて行ってほしいんだ」
まるで頭を下げているかの様に、花が地につけるようにだらりと下がった。
「わ、わかったよ。約束する」
折れてしまわないか心配で、僕は慌てて承諾する。すると黄色い花がゆっくりと空へと顔を上げ「恩に着る」と言ったのだった。
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