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「しかし、安定した収入という動機だけで続けていけるほど公務員って甘い仕事なんでしょうか?」
ホイットニーの隣に座ったセーファスは如月にそう疑問を呈する。しかし如月は首を横に振った。
「幸せな人生を送ってきた人にはわからない話ですよ」
沸々と込み上げてくるものを抑えるかのような声で如月はそう吐き出した。ウミネコがミャアミャアと鳴く声が聞こえる中、3人の間に沈黙の時間が流れる。暫くすると波がザァザァと寄せては返す音が相談室の中に響き始めた。如月が再び口を開く。
「私は小さい頃からシングルマザーの元で育てられたんです。母親は仕事から帰ってくるといつも酔っ払っていて、私に手を上げたり、タバコの火を押し付けたり、毎日のようにされ続けていました」
セーファスは黙って如月の顔を見つめ、耳を傾ける。ザブーンと音を立てる大海原の波の前では如月の過去などちっぽけなものなのかもしれない。しかし、この痛みと哀しみは紛れもなく実在したものだ、セーファスは1人の人間と向き合う覚悟を新たにした。
「私が中学に上がったとき、母親が再婚したんです。母親はとても幸せそうでした。でも私にはそれが不幸の始まりだったんです」
ザッパーン、ザッパーンという高波の音だけが部屋に響き渡り、その音は徐々に高まっていく。如月が呑まれてきた人生の荒波を思わせるようでいたたまれなくなり、セーファスは思わずうつむいた。すると、黒い何かを握りしめているホイットニーの手がそこにあった。みるみるうちにセーファスの顔色が変わる。
「……せっかくお話を聞かせてもらってるところすみません」
セーファスは申し訳なさそうな顔で如月にそう告げると、机の下で左足を上げ、思い切り振り下ろした。
「うぎゃあっ!」
ホイットニーの悲痛な声が高波の音を掻き消した。
「すみません。ちょーーっと大長老とお話がありますので、しばらくお待ち下さい」
如月がきょとんとしている中、セーファスはホイットニーの首根っこをつかまえて給湯室へと引きずっていった。
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