罰という名の仕事を与える

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罰という名の仕事を与える

【1】  世界屈指の国力を持ち、魔力にも恵まれ、大陸の冠(クリスタルクラウン)、或いは千年王国(ミレニアムキングダム)の異名を持つ国〈クリスタ〉の王都。世界のすべてが集う場所とも称される、花の都〈ディンブルク〉。  港に最も近い南門からは世界各地から船で運ばれてきた食料や物品が買い手を求めて絶え間なく運びこまれ、日のあるうちにその往来が止むことはない。  広場に路地に色とりどりの天幕が張られ、場所さえあれば石畳に広げた布の上にだって、多種多様な品々が所狭しと並べられている。そこかしこで行われる値段交渉は熱気を帯びていて、街は活気に満ちていた。  そんな南区の四段目(第二市民街)。  二日酔いで場所取り競争に遅れ、仕方なく路地の奥で露店を構えていた小太りの商人が声をあげた。 「おい待て!!」  声を向けた先には、既に路地を抜けて大通りに走り去っていく少年の後ろ姿。手には売り物の内の一つであるニシンが握られていた。つまり、少年は盗人だ。  数人で商品を眺めていた少年のうち一人に声をかけられ、珍しい香辛料についての説明に気を取られている隙に、他の少年たちに商品のいくつかを盗まれたのだ。  彼らはバラバラになって逃げて行き、商品の説明をしてやっていたはずの少年も、気づけばいなくなっている。  一度は少年たちを追いかけようとしたものの、一人で店番をしている以上、品物を置いていくわけにもいかず逡巡(しゅんじゅん)する間に機を(いっ)した。……幸い、盗まれた量自体はそんなに多くない。 「クソったれ……」  商人は大きなため息をついて、無造作に持っていかれたことで崩れたニシンの山の整理をはじめるのだった。  ――俺はその様子を陰から伺い、今日も仕事がうまくいったことを確信してほくそ笑む。  路地の隘路(あいろ)になっているこの場所は逃走に向いていて、俺たち〈少年窃盗団〉の餌場の一つ。  そこに一人で店を構えた、おそらくはこの街に来たばかりの商人ともなればとうぜん格好の的だ。  俺の役割は、少女と見間違えられるほどの中性的な容姿を利用して商人の気を引くことと、その後持ち前の素早さと体の小ささを活かして近くの物陰に姿を隠して相手の出方を伺い、それを報告すること。 「追いかける気はなさそうだ」  報告は、先代の少年窃盗団のリーダーがかつて偶然手に入れたという〈共鳴石(きょうめいせき)〉を使って行っている。  この魔法具があったからこそ、俺たちは窃盗に手を染めていると言っても過言ではない。  盗みの量を少なくしているのももちろん計算。そうすればたいていの場合諦めがついて、必死になって追いかけてきたりもしない。  俺は静かに路地の奥へと(きびす)を返しつつ一人ごちる。 「今日はニシンのスープだな」  同じような手口で少量の盗みを繰り返し、散り散りになった仲間たちはスラムにある「アジト」に戻って戦利品を分配する。  もちろん、正しいことだなんて思っていない。でも、しょうがないじゃないか。  そうすることでしか、俺たちみたいな「亜人の孤児(最底辺)」は生きていけないんだから。   【2】  目が覚めると、秋も暮れだというのにじんわりと汗をかいていた。 「なんだって今更あんな夢を……」  もう薄らぼんやりとしか覚えていない、幼いころの記憶。  あれから俺は、盗みなんて鼻で笑えるほどの悪事に手を染めてきた。その果てに、人殺しだってした。  ……それでも確かに、あの頃の俺がその後の俺のルーツだったことは間違いない。  始まりは、小さな過ちだったかもしれない。だか、どれだけ小さな犯罪でも、数をこなせば罪を犯すことへの抵抗がなくなっていく。そして犯罪の程度は徐々に大きくなってゆき、気づけば取り返しがつかないところにまでどっぷり浸かってしまうことになる。  ――と、夢に引きずられて昔のことを思い出し、ベッドの縁に座って項垂れていたところに、誰かが部屋の扉をノックした。 「セニスくん、起きてますか?」  ……イマジカだ。  そうだ。俺はもう、引き返せないはずだった。  俺を必要とする人間は全員、どんな依頼もこなす麻痺した感覚に価値を見出した。俺も生きていくためには彼らの要求と期待に答え続けるしかなかった。そんな悪循環だけが、延々と繰り返されていく。その頃にはもう、罪悪感なんてほとんど消えてなくなっていた。こうなったら、もう終わりだと思っていた。俺は一生悪人のまま生きて、悪人として死を迎える。それが俺の運命なのだと信じて疑わなかった。  そう―― 「王女の依頼で、一緒に北区に行ってほしいんですが」  あの二人に、必要とされるまでずっと。 【3】  北区三段目。居住区のはずれに向かい、私たちは馬車に乗っていた。  なんでも魔法具のコレクターとして有名だった老人が急逝(きゅうせい)したらしく、肉親もいなかったため大量の魔法具を国が引き取ることになったようだ。  とはいえ玉石混交とした膨大な数の魔法具を全て引き取っても仕方ないので、有用なものだけを残してあとは廃棄するのだと聞いている。 「そしてその選別を行う前段階として魔法具の鑑定が必要だろうということになり、〈真実の眼〉を持つ探偵の中でちょうど手が空いていた私に白羽の矢が立ったというわけです」  指定された住所へと向かう馬車の中でそう説明すると、セニスは「なるほどな」と適当に相槌を打って続けた。 「で、なんで俺も一緒なんだ? 鑑定くらい、一人で十分だろ。というより、俺は鑑定できないからいてもしかたないんじゃないか」  もっともな疑問だ。 「なんでもそのコレクションとやらがかなりの量らしくて、セニスくんには家の中から庭に魔法具を運び出す仕事を任せろとのことで……」 「そんなに多いのか?」 「私も自分の目で見たわけではないので何とも言えないんですが……」  言いかけたところで、馬車がゆっくりと減速し、停止した。  どうやら目的の場所へと到着したらしい。 「ありがとうございました……って、ええ!?」  私たちは御者に礼をしつつ馬車にを降り、目を疑った。 「……なるほど。確かに、あれは私一人では骨が折れますね」  魔法具コレクターとして有名だったという老人が、その生涯をかけて蒐集(しゅうしゅう)した魔法具が保管されたコレクションハウス。  倉庫じみた四角い家には、確かに大量の魔法具があった。もちろん、私たちは馬車から降りたばかりだ。ではなぜ、外側から見ただけでそうと分かったのか。……答えは簡単。天井まで積まれてなお家の中に入りきらない魔法具が、外にまであふれ出していたからだ。 「いや、二人でもかなり辛いだろあれは!!」  北区のはずれに、セニスの叫び声がむなしく木霊した。 【4】  約四時間かけて半分ほどの鑑定を終えへとへとになった私たちは、一旦休憩を挟むことにした。  昼食用に持ってきたパンにかぶりつきながら、セニスがぽつりと呟く。 「なーんか見たことあるんだよなぁ、この家」  「あれ、セニスくんはこの辺りに来たことがあるんですか?」  尋ねると、 「いや、俺は南区の出身だし、ここじゃないと思うんだけどな……」  とはっきりとは思い出せない様子だ。 「別の区の情報はなかなか入ってこないですし、真逆の区ともなれば移動するにもなかなか大変ですからねぇ」  王都ディンブルクは、中心の王城に向かって四段階に高さを増す、円錐台が積み重なったような構造となっている。  一段目が王城。二段目が貴族街。三段目が市民街。そして四段目は第二市民街。  かつては三段目までしか存在しなかったのだが、人口の増加に伴って四段目が増設された。そのため、便宜上四段目と呼称されてはいるものの、実際には三段目とほとんど高さに違いは無い。だがその二つには大きな違いがあった。三段目にスラムは無いが、四段目にはスラムが存在するのだ。  高さもほぼかわらない同じ市民街にしてもやはり内側程地価も高くなるのは自然なことで、自然と上流階級が三段目、それ以外は四段目というような住み分けがなされていった結果だ。  行政の観点で見ても、これだけ規模が拡大した都市の運営は容易なことではない。  ある程度身分ごとに分かれて暮らしてくれていた方が何かと管理しやすいというのも、一つの狙いとしてあったのかもしれない。  といっても、四段目が出来上がったのは百年ほど前の話ではあるが、現在の四段目にあたる街自体はもっと昔からあったようなので、もともとある程度棲み分けはなされていたはずではあるが。  と、このように、ディンブルクはその巨大さゆえの管理の難しさに幾度となく直面してきており、それを解消する一つの方策として設けられたのが民主的八区制度だ。  ディンブルクは四つの段による切り分けとは別に、三段目と四段目についてはさらに方角別に八つの区を設けた。  区からはそれぞれ市民の挙手制投票によって区長を選出させて、区議会における王族に次ぐ発言権と、各区への管理権限を与えている。  そのため各区はそれぞれ独立した管理体制が布かれており、区間を行き来するには各区が発行する許可証が必要となる時代もあったほどだ。  現在は合理性の観点からそこまで厳しい決まりはないものの、北区と南区では単純に距離が離れすぎているのもあって、特別な用事がない限りは複数の区を横断してまで足を運ぶことはほとんどないだろう。  セニスはしばらく思い出そうと頭を捻っていたが、やがて「気のせいかもしれない。忘れてくれ」と首を振った。 「まあ、四角い平屋なんてそこまで珍しい構造でもないですしね。外観が少し特殊というか、少々悪趣味ではありますが」 「だな」  (つた)が渦を巻いたような幾何学(きかがく)模様が外壁に彫り込まれていて、まるでこの家自体が一つの魔法具なのではないかとさえ思えるほどだ。  まあ、〈真実の眼〉による鑑定の結果、家自体に魔法が宿っていないことは分かっているのだが。 「そんなことより、こいつを見てくれ」  そう言ってセニスが差し出してきたのは、一対(いっつい)の石。  しかし、それがただの石ではないことは眼の力を使うまでもなくわかった。  淡く光を帯び、赤い魔法陣が描かれたその石の名は、〈共鳴石〉。  持ち主が魔力を込めている間だけ、一対の対応する石どうしで音声を伝達しあう魔法がかけられた魔法具だ。  作成にかなり高度な技術が必要であり、また素材となる石自体も希少性が高く量産が難しいことから一般には普及していないが、ある程度上流の階級であれば比較的よく知られる魔法具の一つだ。  相手側が音声を繋いでいい状況かどうかを把握できないため無闇に使うことはできないが、私もどれだけ期間を要するか読めない調査などによって王都を空ける場合には、調査の進捗や帰還のタイミングを伝える手段として王女に持たされることがある。  セニスはまだ〈共鳴石〉が必要になるような仕事は任せられていないはずだが、どうやら彼も、この魔法具については知っていたらしい。 「これは確実に引き取りですね。引き取りになりそうなものは分けてあるので、そちらに置いてください」  私が行うのはただの鑑定であり選別ではないのだが、自身の判断で有用であると判断したものについてはそうと分かるように分けて管理することにしている。  選定人がよほど特殊な感性を持っていない限りは、私の選定通りになるはずだ。 「はいよ……って、あれだけ持ってきて、有用な魔法具はたったこれだけか……」  セニスは私が示した場所に共鳴石を置き、その周辺に置かれた魔法具を見てため息を漏らす。  無理もない。二百点以上の鑑定を終えたというのに、私が有用と判断したのは今セニスが加えた〈共鳴石〉を入れてもたったの十点程度の魔法具だった。割合で言えば、一割にも満たない。あれだけの労力を割いた結果がそれでは、ため息もつきたくなるだろう。  とはいえ、だ。 「確かに数は少ないですが、例えばその〈繋がりの函〉辺りはかなり有用な魔法具ですよ?」 「ふうん。聞いたことない魔法具だな。効果は……」  鑑定済みの魔法具の下には紙が挟んであり、その紙には私が出力した魔法具の効果が記載されている。  セニスは私が指さした魔法具の効果に目を通すと、「へえ」と唸った。   ++ ++ ++ ++ ++  〈繋がりの函〉  〈繋ぎの箱〉と〈繋がれの箱〉からなる、「構造」「大きさ」「意匠」の全てが一致した一対の魔法具。  一方が閉じている間にもう一方を開くことで、双方の中身を共有する。  魔法が宿るのは〈繋ぎの函〉のみで、〈繋がれの箱〉には中身を繋いでいる間だけ魔法の効果が付与される。  双方の箱の中身を足した総量が箱の容量を超える場合、繋げることはできない。  中から箱が開けられた場合、最後に開けられた側の箱が開く。 ++ ++ ++ ++ ++ 「確かにこれは、使い方によってはかなり便利そうだな。要するに、どれだけ離れた場所にいても物の受け渡しができる箱ってことだろ?」 「そんなところですね。そしてそれは、〈魔法遺物(アーティファクト)〉に属する魔法具でもあります」 「なっ!?」  驚くのも無理はない。〈魔法遺物(アーティファクト)〉なんて、本来一生に一度触れることすらかなわない代物だ。  今から約千年前に終結した、女神アリューレと邪神ディアスによる地上を巻き込んだ千年戦争(ミレニアム)。  その戦乱によって地上に齎されたのが「魔力」であり、魔力の扱い方は長い年月をかけて体系化され、一つの学問・技術――つまり「魔法」として確立された。  魔法の技術や応用の幅自体はとうぜん、現代魔法の方が遥かに進歩し発達しいる。  だが、世界に満ちる魔力の総量自体は年々少なくなってきていると言われており、そのせいもあってか、古の時代に作られた魔法具の中には稀に、現代では再現できないような強力かつ特異な効果を宿すものが確認されるのだ。  そういった魔法具は近代の魔法学者たちによって〈魔法遺物(アーティファクト)〉と名づけられ、強力な効果と希少価値に歴史的価値も付加されて、目を疑うような高値で取引きされている。  クリスタ王国が国宝に指定する魔法具も、その多くが〈魔法遺物(アーティファクト)〉だ。   「そんなものに気安く触れさせるなよ!! 壊したらどうするんだ!!」  さっと青ざめてゆっくりと〈繋ぎの函〉をもとの場所に戻すセニス。  基本的に不愛想な彼が珍しく狼狽(ろうばい)するその様子がなんだかおかしくて、私は思わず笑い声をあげた。 【5】  私のもとにコレクションハウス再調査の依頼が来たのは、魔法具の鑑定を終えてから二週間後のことだった。  といっても、今度は国からの依頼ではない。今回の依頼はコレクションハウスのある北区市民街の区長を経由して届いていた。 「ガキによる窃盗が相次いでいる、ねぇ」  コレクションハウスの中に魔法具の取りこぼしが無いか調査しながら、そうセニスが呟いた。 「なんだか不思議な話でしたね」  なぜ私たちは、再度コレクションハウスを調査することになったのか。  なんでも、ある日を境にしてコレクションハウス周辺で道行く人や店を対象に少年たちが窃盗を働くようになり、そのある日というのが私たちがコレクションハウスから魔法具を運び出した日のすぐ後だったらしい。  少年たちの顔を見た付近の住人の誰も彼らの顔に見覚えは無く、少なくともこの辺りに済んでいる少年ではないとのことだ。  彼らは少量の盗みを繰り返しては散開して逃げ姿をくらまし、誰もその居所を突き止められないでいる。  それでも、何人かの被害者や窃盗の際偶然近くに居合わせた兵士は、あと一歩のところまで少年たちを追い詰めたそうだ。そして少年たちは決まって、最後にはこのコレクションハウスに逃げ込んだ。  最後尾を走っていたリーダーらしき少年は「閉めて」と言って家の中へと入り、扉を閉めた途端に今度は「開いて」と言ったのが扉の向こうから聞こえたそうだ。  そして商人や兵士たちが少年たちを追いかけて家の中に押し入ると、そこに少年たちの姿は無かったのだという。  そこで周辺住民や商人たちは区長に、昼夜を通してコレクションハウスに見張りの兵士の配置を依頼した。  しかし、被害の程度と昼夜見張りの兵士を配置することの費用対効果に鑑みて区長は対応を渋り、まずはそもそもなぜ少年たちが消えたのかを突き止めるために私に再調査を依頼したのだ。 「この家は真四角な平屋で二階もなく、子供とはいえ数人が身を隠せる四角になるような場所もありません。この家に入った少年たちを見失うというのは、考えづらいでしょう。であれば確かに、何らかの魔法や魔法具の存在を疑うのは当然のことですが……」  私は最後にもう一度だけ家の中全体を〈真実の眼〉で見渡し、確信する。 「少なくともこの部屋には、回収し忘れた魔法具の類は存在しないようですね」  「そのうえ、〈構造探知(ソナー)〉の魔法で抜け道や隠し扉の類が無いこともわかった、と」 「ですね。つまり、少年たちがなんらかの魔法や呪い、魔法具や呪具といった理外の力を持ち、それを用いたと考えるのが自然でしょう」  となると、やはりこのコレクションハウスを見張ったところで意味があるとは思えない。  彼らが何らかの理外の力を用いて姿をくらましているとしても、それはこの家の中にあるものを利用しているわけではないのだ。  ここを見張れば、今度は別の空き家に逃げ込んで姿を消すだけだろう。 (だけど、どうして少年たちはコレクションハウスに逃げ込んで扉を閉めた後に「開いて」と言ったんだろう……)  結論は出た。だが、頭の片隅にある違和感が消えることはなかった。 【6】 「――ということです。これで、報告は以上となります」  イマジカは淡々と説明を締めくくる。  俺たちは区役所の執務室で、区長に調査結果を報告していた。 「なるほど……であればやはり、似顔絵を作成して注意を呼びかけるしかないでしょうか……」  区長はめんどくさそうに小さくため息をつく。  少年たちによる軽度の窃盗など、彼にとっては本当にどうでもいい些末事なのだろう。  とはいえ、区の代表たる区長は各区の市民からの支持を得なければ続けることはできない以上、市民からの声をないがしろにするわけにもいかない。  たとえほとんどポーズに過ぎなくても、何か対策を講じていると示す必要がある。  区長の表情や態度からは、こんなことに対してわざわざ労力を割かねばならないのが心底面倒だという心境がにじみ出ている。  イマジカもそれに気が付いているのだろう。「まあ、それが現状可能な最低限の対応になりそうですかねぇ……」と若干呆れつつ応じている。  コストや労力を気にしなければもっとやりようがあるのだろうが、そこまでの対応はこの区長は取らないだろう。  そしてこの対応はただのポーズにすぎず、根本的な解決には結びつかない。  子供たちが集団である以上、実行犯を定期的に入れ替えたりちょっと変相したりされれば、注意喚起程度では抑止しきれないだろう。  確かに、実際被害自体は大したものではないため、大々的な対策を講じて解決を計っても費用体効果は薄い。  ――だが、今回の事件の本質は、被害の規模や額にあるのではない。  子供の犯した間違いを咎め、正すことのできない社会は間違っている。  子供だからこそ、そして彼らの犯す罪が軽いうちに、しっかりとそんな行為からは脱却させなければならない。  そうしなければ、その子供たちももしかすると俺のように―― 「あの――」  俺が区長に対応の再検討を訴えようとしたところで、 「お待たせしました!」  と勢いよく執務室の扉がノックされ、俺の声はさえぎられた。  だが、俺が言葉を続けられなかったのは来訪者によって声が遮られたからではない。  俺は少年たちをかつての自分に重ね合わせ昔のことを思い起こしたことで、あることを思い出していた。 「そうだ、あの家……」  俺が一人小さく呟いている間に、区長は来訪者を招き入れる。 「おお、待っていたぞ。入りなさい」 「失礼します!」  きびきびとした所作で入ってきたのは、一人の兵士。 「やはり君の記憶を頼りに、似顔絵を描いてもらうことになりそうなのだ」  少年たちをコレクションハウスまで追い詰めたという兵士なのだろう。  区長は「少々お待ちください」と俺たちに言って、兵士と似顔絵師の手配や今決まった対応策について兵士に共有しはじめる。  するとイマジカはそっと身を屈め、俺に耳打ちした。 「あの家がどうかしましたか?」  イマジカは俺のつぶやきを聞き逃していなかった。 「ああ……。あのコレクションハウス、どこかで見たことがあると思ったんだけど……ようやく思い出した。あの家の形も、大きさも、模様も全て――  俺がかつて南区のスラムで所属していた、少年窃盗団のアジトと同じだったんだ」  後日、コレクションハウスは王女がその土地の権利を引き取ることとなった。  そしてそれ以降、北区での犯罪はぴたりとやんだ。 【7】  王女の居室(きょしつ)。窓から取り込まれる麗らかな日差しを楽しみながら、王女は紅茶で舌を湿らせた。 「まさか、あのコレクションハウス自体が〈繋がりの函〉だったなんてね」  王女はカップを受け皿(ソーサー)に戻して続ける。 「最後にもう一度、私の理解が正しいか確かめてもいいかしら?」 「もちろんです」  イマジカは王女の正面に座って、こくりと頷く。 「まず、なぜイマジカはあの家を〈繋がりの函〉の片割れだと見抜くことができなかったのか。それは、セニスがかつて所属していた少年窃盗団――そのアジトが〈繋がりの函〉であり、〈繋ぎの箱〉だったから」 「はい。〈繋がりの函〉は〈繋ぎの箱〉と〈繋がれの箱〉からなる一対の魔法具です。そして〈繋がれの箱〉には魔法は宿っておらず、箱の中身を共有している間だけ〈繋ぎの箱〉から効果を付与される。だから魔法の効果が発揮されていない状態の〈繋がれの箱〉は魔法具ではなくただの箱であり、私の眼をもってしても見抜くことができなかった」  王女は小さく頷く。 「次に、なぜイマジカたちが鑑定を終えてから突然、少年たちによる窃盗が多発したのか。それは、〈繋がれの箱〉であるコレクションハウスには、天井まで積まれたうえで家からはみ出るほどの魔法具が押し込まれていたから」 「〈繋がりの箱〉の効果は、双方の箱の中身を足した総量が箱の容量を超える場合発揮されない。私たちが鑑定のために魔法具を家から出し、処分・引き取りを行ったことによって、〈繋がりの箱〉の硬貨が発揮されることとなった。南区のアジトが急に北区に繋がったことで彼らも驚いたでしょうが、それを利用して北区でも窃盗に及んだ」 「北区の住民が少年たちの顔に見覚えが無かったのも無理ないわね」 「ええ。北区と南区の住民たちが顔を合わせることはほとんどありませんから。スラムの少年たちの顔など分かるはずもなかったでしょう」  今度はイマジカが頷いて。ソファの背もたれにゆっくりと体を預ける。  ソファはしわをよらせて小さく(きし)み、イマジカの体を受け止めた。 「最後に、なぜ少年たちのリーダーはコレクションハウスに逃げ込む際『閉じて』と言って、中に入った後に『開いて』と言ったのか」 「彼らは〈共鳴石〉を所有していました。〈繋がりの函〉は双方が閉じている間に一方を開くことでしか繋がらない。そして、中から開けるだけでは最後に開かれた側に繋がってしまう。だから最後尾を走るリーダーはコレクションハウスの中に入る前に南区にいる仲間に〈共鳴石〉を使ってアジト側の扉を閉じるように指示し、中に入ってコレクションハウス側の扉を閉じてから再度アジト側の扉を開くように指示したのです」 「〈共鳴石〉を持っていたからこそ、彼らは〈繋がりの函〉の仕組みを理解できたのでしょうね」 「ええ。最初に南区から北区に繋がった瞬間はかなり驚いたようです。しかし、メンバー全員が北区に行ってしまったわけではなかった。彼らは窃盗の実行を行うチームとは別に状況の確認と報告を行うメンバーを用意しており、その双方が〈共鳴石〉を用いて連絡を取り合うことで窃盗時のリスクを低減させていたようです。そして、最初に北区に送られたメンバーの中に状況確認を行うメンバーはおらず、彼らは〈共鳴石〉で連携をとって、南区側と北区側の双方から〈繋がりの函〉の仕組みを解き明かした」  そう。これが、事件の真相だ。  そしてその説明を受けた王女はすぐに、コレクションハウスと少年窃盗団アジトの権利を買い取った。  では、アジトを失った少年窃盗団はその後どうなったのか。 「……それにしても、あいつらのことを捕えないばかりか、逆に仕事まで与えてやるなんてな」  そう。イマジカと王女は彼らを捕えないばかりか、鍵番としての仕事を与えたのだ。 「北区と南区をすぐに行き来できるようになれば、あなたたちの仕事もやりやすくなるでしょう?」  そう言って王女は〈共鳴石〉を手に取った。  それは、少年たちが持っていた〈共鳴石〉の片割れだ。  王女は少年たちを捕えない代わりに、あの家の秘密を公言しないことを約束させ、ある罰を与えた。  王女は彼らに、王女たちがあの家を移動手段として使う際の扉の開閉を行う役目を命じたのだ。 「なあ、あんたはもしかして……」  思わず漏れでた言葉にイマジカが目を細めて微笑み、王女はきょとんと首を傾げる。 「どうしたの?」 「……いや……なんでもない。忘れてくれ」  王女は少年たちにあの家の秘密を公にしなかった理由について、あくまで自身の最大利益のためだというスタンスでいる。  もちろんそういった側面もあってのことだろうし、本当のところは分からない。  だが、俺にはどうしても、それだけだとは思えなかった。  そもそも本来、扉の開閉を少年たちに任せる必要なんて無いはずだ。  そんなものは、〈共鳴石〉を持たせさえすれば誰にだって務まる役目なのだから。  しかし王女は、少年たちにその役目を与えた。  そして少年たちは役目の報酬として、食べるものに困らない程度のわずかな給金を得ることになった。  存在を認められ、施しではなく正当な手段で金銭を得る。  それは、俺のように道を踏み外してしまった人間が本当の意味で救われるための唯一の方法だ。  盗みや施しといった不正やその場しのぎではなく、仕事による正当な対価を得るという体験こそが、彼らにとって必要なものだった。  王女のおかげで、少年たちは窃盗団から足を洗ったのだ。  王女はきっと、全てを理解したうえで少年たちに罰という名の仕事を与えたのだと、俺は思っている。
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