愚か者の金

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愚か者の金

 帰りのの会が終わり、ランドセルを背負うとタカシはそそくさと駆け出した。普段は探検団と一緒に帰るのだが、今日は帰り際ずっと囃し立てられるのが分かっていた。案の定「おいタカシ逃げんなよ、よっ両想い!」とシュウヤが声をかけ、他のメンバーが手拍子と共に「両想い、両想い」と続けた。  シュウヤがしぶとく最後まで追いかけてきても何とか振り切り、息も絶え絶えだったがタカシはまっすぐ帰らず寄り道することにした。連中を撒くためでもあるが、静かな場所でどこへ冒険に行くか考えたかった。  しばらく歩いて行くと河原に出た。昔からよく遊んでいる川であった。1年生の頃から水遊びや水切り、他には魚やヤゴを捕まえたり、家族ぐるみでバーベキューを行ったりもした。タイチが人の2倍も3倍も食うのでタイチのお母さんは赤面していた。ヤスオとシュウヤは人面魚がいるかいないかで言い争い、シンジは車いすから楽しそうな悲しそうなどっちともつかぬ表情で眺めていた。  そのうちにヤスオがどこから聞いたのか、この川では砂金が取れ、上流に行けば金塊があるに違いないと言い出した。その場では大人の目があるため行かなかったものの、その年、つまり去年の探検は川登りを敢行することとなった。ヤスオが図書館の新聞やインターネットを使って下調べをし、どうも金塊が本当にあるらしいと主張すると、シュウヤが垂涎し、夏休みに探検に行こうと有無を言わさず独断してしまった。  川を登ること数時間、へとへとになりながらヤスオがこの辺りだという場所までやってきた。タイチは後から行くと言ってその場に座り込んだためはるか後方に置いてきた。 「新聞の写真とインターネットの情報によるとこの辺りのはずだよ」  ヤスオは今回の遠征のために自作したという、コンパス付き経緯度測定機能完備GPS搭載地図帳というものを広げながら自信満々に辺りを見回した。 「ここで断崖になってて小さな滝になってるでしょ。それが目印なんだ」  ただ川に沿って遡り、行き止まりになるまで歩いてきただけではないか。コンパス付きなんちゃら地図は必要ないのではないかとタカシは思ったが、指摘をする前にシュウヤが騒ぎだした。 「おい水の中を見てみろよ! 金があるぞ!」  見ればたしかに光り輝く鉱物が川底に沈んでいた。シュウヤは早業で服を脱ぎあっという間に飛び込んだかと思うと数秒で浮かび上がってきた。手には光る鉱物をしっかり握りしめている。 「黄金獲ったどー! 億万長者だ!」  はしゃぐシュウヤの足元にはさらにたくさんものキラキラが見えた。タカシもヤスオも川へ入り無我夢中に取れるだけ取った。  山のように金を採掘し、一息ついている所へ荷物持ちのタイチがようやく到着した。そして黄金をバケツ一杯に入れると早速川に沿って下り始めた。この遠征の一番の被害者はきっとタイチであっただろう。黄金を手に入れ舞い上がっている3人に対し、タイチはただ息も絶え絶え岐路についた。  翌日タカシが秘密基地へ出向くと、中から口論してる声が聞こえてきた。  昨日は日も落ち暗くなったので黄金を秘密基地に保管し、翌日ヤスオの知る宝石商へ黄金を売りに行こうということになっていた。  口論の声の主はどうやらシュウヤとヤスオのようだ。瞬時にタカシは嫌な予感がした。昨晩ヤスオが帰り際に一言放った光景が思い起こされる。 「一応持って帰ってお父さんに鑑定してもらうよ。僕のお父さんは学者だからね」  タカシたちの持ち帰った鉱物は「黄鉄鉱」というものらしい。別名「愚か者の金」とも呼ばれるこの石はあちこちに存在し、金と間違われることで有名だという。  その後しばらくシュウヤはヤスオのことを「愚者」と呼び、怒りの感情を隠そうともしなかった。一方ヤスオは完全に開き直り、シュウヤが一言愚者と呼べば長文3つ以上の屁理屈を並び立て応酬した。ヤスオは昔からずば抜けて頭が良く、英才教育を受け中学受験もするようだが、肝心なところで必ずネジが外れている。ヤスオが発見したというインターネットの記事を最後まで読むと、「愚か者の金」の説明が載っていた。今回の失敗はヤスオのせいだなと思うが、口論しているシュウヤを見るとこいつも同類だななどとタカシは思うのだった。そしてシュウヤと同じく浮かれていた自分を思い出すと頬がほんのり赤くなった。金の前ではみんな愚か者であると一人苦笑と猛省するタカシであった。  シンジはというと、今回の遠征は電波が通じなかったためライブ映像でも参加できず蚊帳の外であったが、一連の騒動を聞くと車いすから転げ落ちそうなほど大笑いしていた。本当はシンジのためにビデオを撮ってあったのだが、シュウヤが見せることを断固として拒否していた。しかしシンジがあまりに楽しそうに笑うのでタカシはこっそりビデオをあげており、シンジは実際に車いすから転げ落ちたそうだ。
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