天狗岩

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天狗岩

「ただいま」  河原で寝そべって物思いに耽ったタカシは家に帰ると再び部屋で横になり、今日一日のことを思い出していた。探検団は今年で最後だということ。中学生になったらみんなバラバラになること。どこに探検に行くかということ。ミホのこと。しかしどれもこれもモヤモヤしたまま夕食の時間を迎えた。 「タカシ、今日はなんだか元気がないわね」 「ほう、どうした、悩みでもあんのか」  父が珍しく訪ねてきた。タカシの父は小説家を生業としている。自分の故郷を愛しており、民間伝承や民俗学といった題材を扱っているらしい。よく自分の少年の頃の体験談も書いていた。 「父さん、小学校最後の夏休みでどこに行くべきか全く見当もつかなくて参ってるんだ。どこかいい場所はない?」 「ほう。例の少年探検団のやつか。じゃああそこの川を遡ってみたらどうだ。金色の鉱物がたくさんあって億万長者になった気分だぞ」 「それは去年行ったんだ。鉱物はただの光ってるだけの無価値な石だったし、シュウヤはヤスオに騙されたってめちゃくちゃ怒ってた」 「ほほう、あの金を取りに行ったのか」  父はニヤニヤと笑っていた。 「他にはそうだなあ、新倉山にある天狗岩はどうだ」 「あなた!」  タカシの母が物凄い剣幕で遮った。新倉山とは町の外れにある山で、河原とは正反対に位置する。さほど高くない山で、遠足で年に一度全校生徒総出で登っていた。もちろんタカシたち探検団ももう何度も探索していた。 「あそこは危険だから立ち入り禁止って決まりでしょ。子供たちに教えちゃいけないとも昔から言われてるじゃない。行方不明や死亡事故だってかなりあるって聞いたわ」  タカシの父は首を横に振った。 「ユキコ、この町のことは私が一番詳しいよ。君もそうだけど、40年近くずっとこの町に住んできたじゃないか。さらに私はこの町の民俗学に没頭してきたんだからね。断言できるよ。深刻な事件は一度もなかったとね」 「ほんとぉ? でも私たちが小学生の時、神隠しだ、天狗の仕業だって一時期騒がれてたじゃない。たしかマスコミも駆けつける騒ぎだったとか」 「ああ、たしかにそんなことがあったね。でもその子は無事に見つかったんだ。それにその子は私たちの知り合いだしね」  ユキコは驚いた表情を見せた。 「ええ、誰なの?」  タカシの父は横目でちらりと息子を見た。 「そりゃあ言うだけ野暮だよ。まあ後でこっそり教えてあげるけど、タカシは自分で調べたいだろうし」  タカシには話が見えてこなかった。そもそもまだその天狗岩とやらに行くと決めたわけでもない。 「どうして自分で調べなきゃいけないの?」 「探検というものは調べるところからが楽しいんだ。いや、むしろ事前調査が一番楽しいと言ってもいい。そうすれば万が一望む結果にならなくともやり切った満足感を味わえる。黄鉄鉱で感じなかったか? 結果は失敗だったかもしれないが、大金持ちの夢を一瞬でも見れただろう」  ガッカリの度合いの方が大きかったよと思いながらも、タカシは納得したように見せておいた。 「分かったよ、じゃあ調べてみるね。その岩はどこにあるの?」  すると父は意地悪な表情を浮かべて、指を左右に振った。 「ちっちっち、今言ったじゃないか、自分で調べろとね」 「え、それも教えてくれないの? ヒントはこれだけ?」  タカシは途方にくれた。天狗岩という具体的な単語は得たもののそれ以外の情報が一切ないとは。なんと意地悪な父親だろうか。  「何でも一人で解決しようとするから無理だと感じるのさ。タカシ、お前はリーダーなんだろ? じゃあお前以外の人間は何だ? 飾りか? 木偶の坊か?」  父にそう言われるとタカシは顔を上げた。大事なことに気づかされたように感じた。 「仲間は頼もしいよな。少年探偵団くん」 「探検団! コナンじゃないんだから」  コナンみたいなやつはいるけど……。タカシは眼鏡で痩せたうんちく語りのアイツを思い浮かべながら明日聞こうと心に決めていた。
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