秘密基地

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秘密基地

「なんで今まで教えてくれなかったんだよ」  タカシは不貞腐れてみせた。 「ミホのお母さんと同級生だったってさぁ」  するとタカシの父はこの反応が見たかったと言わんばかりに笑ってみせた。 「ははは、いやあすまんすまん。隠すほどのものでもなかったんだが何となく恥ずかしくてね。それに父さん今はミステリーを書こうと思っててね。何でも深い意味を含ませたくなっちゃう年ごろなんだ。タカシのリアクションは参考になったよ」  満足そうに笑うと父は続けた。 「それにミホちゃんのお母さんだけじゃない。どちらかというとお父さんとの方が仲が良かった。親友と言っていいくらいにね」  タカシはあまり驚かなかった。そんなこともあろうと思っていた。ミホから聞いた話だとミホのお父さんもタカシのお父さんと仲が良いと仄めかしていたらしい。 「父さんもお前と同じで好奇心旺盛でね。未知への探究心が尽きなくて、一緒に活動してくれる仲間を募集したんだ。そうしたらミホちゃんのお父さんが名乗り出たっていうだけさ」  自分とシュウヤみたいな関係かなと想像し、タカシは問いただした。 「いや私はヤスオくんみたいなタイプだったよ。勉強が好きでね。それから分からないことがあると周りに色々聞いて調べていたよ。地域の老人たちにもたくさん話を聞きに行ったなあ。それが楽しくて独自に民間伝承の研究しているうちに、この界隈からお声がかかったというわけだ」  ヤスオと同じと聞いてタカシは笑いそうになった。父さんはヤスオの一面しか見ていない。頭脳こそヤスオと同じタイプかもしれないが、タカシからすればヤスオの第一の特徴はうるさいことであった。  タカシの父は懐かしむように当時の話を続けた。 「その頃の私は神隠しに関心を抱いていてね。クラスの前に出て、力いっぱい叫んだんだ。誰か一緒に天狗を探しに行きませんかーってね。あの時が人生で一番勇気を振り絞ったし、一番恥ずかしかったな。教室中がシーンとした後、女子たちがクスクス笑い始めたよ。父さんは顔が真っ赤になって逃げだしたかったんだけど、足が動かなくなっちゃったんだ。するとナオキが、ミホちゃんのお父さんだけど、面白そうじゃんって進み出てくれてね。ナオキはクラスで人気者だったし。一瞬で凍った空気が緩んだね。それ以来ナオキとは竹馬の友となったんだ」  ミホのお父さんがかっこいいと思うと同時に、タカシのお父さんもやはりヤスオが入っているなと思った。自分の父がそんな恥ずかしいことをしていたと思うと自分まで恥ずかしくなり、またその血が流れている自分も気をつけようと心に誓った。 「父さんはどんな組織名をつけていたの?」  この恥ずかしい父親がどんな名前を付けたのか急に気になった。 タカシの父は誇らしげな笑みを浮かべ、どうだと言わんばかりに答えた。 「父さんのチームはお前たちみたいにダサい名前じゃなかった。タカシも私のセンスを見習いなさい。父さんたちのグループは『何でも探検団』だ」  タカシの父はさらに調査隊の話を続けようとしたが、そこへ母がヤスオから電話だと告げてきた。天狗岩について調べるといってから3日が過ぎ、今日は週末だった。  ヤスオからの電話は調べたことを報告したいから秘密基地へ集合せよとの連絡だった。タカシは早速秘密基地へと向かった。  秘密基地とは住宅地から少し奥まった所に位置する廃屋で、噂によると住人が亡くなって以来引き取り手がなく、荒れ放題のまま放置されている。ここを使い始めて2年になる。最初は公園の遊具の中を秘密基地としていたが、誰もが使うその場所は秘密でもなんでもなく、今一つムードが出なかった。そして2年前、即ち4年生の時この家を探索した。廃墟を散策したいとシュウヤが言い出し、肝試しも兼ねてこの「鎌田邸」を探検することになった。 「じゃあヤスオ、お前から行け」 「なんでだよ、リーダーが最初だろ」 「リ、リーダーは最後に行くもんだろ。全員を見届ける責任がある」 順番を押し付けあい、じゃんけんで公平に決めようかという時、シュウヤが怯える様子もなく名乗りを上げた。 「いいよ、言い出しっぺは俺なんだし。俺が行くよ」  そのはっきりとした物言いと態度は男であるタカシをも惚れさせそうだった。シュウヤは自然と周りの者を惹きつける魅惑があるらしい。 「じゃあ、1階をある程度散策したら2階に上がってそこで合流な。連絡は適当に入れるよ」  シュウヤは揚々と手を振り玄関から鎌田邸に侵入した。しばらくして携帯にグループチャットの通知が来た。シュウヤのみカメラ機能をオンにしている。全員が画面を食い入るように見つめたが画面は真っ暗だ。見えないと伝えるとシュウヤは懐中電灯の光の位置を調節した。けれども別段面白いものも映らず、壁や床が見えるのみであった。 「2階に着いたけど、特に何もなかったな」  シュウヤが呟くと、通話参加のみのシンジが残念そうに返答した。 「うーん、ほとんど何も見えないし、通話参加は諦めるよ。僕のためにわざわざごめんね」  そう言うとシンジは通話を切った。 「じゃあ次、もう携帯は使わなくていいぞ。2階に上がったら右手の部屋で待ってるからそこで集合な。どうぞごゆっくり」  次に誰が行くのか押し付け合いが始まったが、結局公平にじゃんけんで決めた。タイチが負けた。 「えええやだよ。俺ほんとに怖いの無理なんだって。ヤスオと一緒に行かせてくれよ。お願い」  往生際悪くタイチが永遠とごねていると、ヤスオが仕方ないなとついていくことにした。タカシの横を通り過ぎる時ヤスオは少し安堵の表情をしていた。ヤスオは細かいところでも打算的で小賢しいやつだった。  2人が入ってから数分後、「ぎゃああああああ」という叫び声にタカシはビクッとしたが、すぐさまシュウヤから連絡が入った。 「ヤスオとタイチは1階を見ずにすぐ来たぞ。罰として脅かしてやった。ヤスオは腰を抜かしてタイチは漏らした。タカシ漏らさないで来いよ」  シュウヤに言われてムッとしたが、念のため草場の陰に隠れて立ちしょんをした。一呼吸入れた後タカシも廃屋に入っていった。  1階の部屋は小部屋も含めて4つあり、他にトイレや風呂も覗いて回った。泥棒が入ったのか身内の者が回収したのか、タンスや机、小物といった物までほとんどなかった。風呂場のミラーを覗くと一瞬背後に顔が浮かび上がったように見えて肝がひんやりとしたが、自分のひきつった顔が写っているだけであった。  だが2階に上ると待っているはずの3人がいない。察しのいいタカシはどうせシュウヤが脅かそうと潜んでいるのだと推測し、慎重に一部屋ずつ捜していった。しかし想像の斜め上の出来事にタカシは驚愕した。部屋を開けると異臭が鼻を突き、シュウヤは窓を開けオエオエ吐き、ヤスオは泡を吹いて気絶していた。 「タ、タカシ……」  涙目ながらにシュウヤはタイチを指さした。タイチが漏らしたのは大であった。  タイチはその後しばらくシュウヤから最低のあだ名をつけられ、「食いすぎなんだよデブ」と散々罵られていたが、誰にもバラさないでくれと懇願したためにシュウヤもそれ以上言うのを止めた。  とんでもない幕切れをした肝試し廃墟探検だったが、明るいうちに出直してみると、涼しく快適な住み心地だった。こうして鎌田邸は少年探検団の秘密基地と化し、各々が好きな漫画やおもちゃを持ち込み、ヤスオの監修のもと防衛システム、警報装置も取り付けた。ただしタイチが漏らした部屋へは誰も一度も入ろうとしなかった。    その警報装置を避けながらタカシが基地へ侵入すると、既に団員は揃っていた。ヤスオは早速報告を始めた。 「天狗岩について調べたんだけど、新倉山は太古の昔、人がよく失踪する山として有名だったんだって」  皆ゴクリと生唾を飲み込んだ。この手のオカルト話には人を惹きつける力がある。 「それが単に遭難したものか、あるいはデマかは分からないんだけど、いつしか村の人々は神隠しだとか天狗の仕業だとか騒ぐようになったなったそうな」  ヤスオは乗ってきたのかだんだん昔話調になってきた。 「それから人々は神や天狗を恐れて、洞窟の奥深くに祠を作ったそうな。さらにそれだけでは足りないと思った村の人々は人身御供を行ったそうな」  ヤスオの話が終わると一同は静まり返った。静寂を破ったのはタイチだった。 「ひ、人身御供?」 「災いを鎮めるために人間を神の生贄に捧げるんだ。新倉山の場合祠に括り付けて生き埋め状態だったらしいよ」 「ほんとかよ、所詮昔話だろ?」  シュウヤが懐疑的な態度を示すと、ヤスオは懐から一冊の本を取り出した。  表表紙にはでかでかと「新倉山の歴史 著:槙野厚」と書いてあった。 「父さんの本じゃないか!」  みんなが一斉にタカシの方を向いた。 「なるほど、道理で詳しく書いてあるわけだ。タカシのお父さんの本なら間違いないね」  全員興奮していた。この話が本当なら洞窟には頭蓋骨やミイラ、はたまた無念のまま生贄にされた幽霊も出るかもしれない。さらに運が良ければ天狗がいる可能性もある。 「それからミホのお母さんの記事も見つけたよ」  ヤスオは新聞の切り抜きを差し出した。タイトルにはこう書かれていた。 「少年探検団大活躍、行方不明の女児を救出」 「なんで行方不明だったかも、この場所がどこかも書かれてないんだけどね」  タカシは写真を見て「あっ」と声を漏らした。 「この場所分かったぞ!」  叫ぶと同時に2階でガタッと音がした。  一同は顔を見合わせた後、恐る恐る2階へと上がって行った。シンジが車いすのため2階はほとんど使っていない。あるのは冒険の記録や探検団の日誌だけだった。2階の方が安全だろうという理由から保管庫として使っていた。  しかし部屋を開けると探検団は愕然とした。書類関連の一切が持ち去られていた。
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