少年探検団、緊急会議

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少年探検団、緊急会議

 小学校6度目の夏休みまであと1週間となった昼休み、少年探検団は空き教室で一堂に会していた。普段なら他の級友と外でドッジボールやケイドロに勤しんでいるのだが、隊長のタカシから緊急招集がかかったのだ。黒板には「議題:睦美小学校少年探検団最後の冒険」と書かれている。 5つの机を引っ付け、議長席に着いたタカシは両手を顔の前で組んで話し始めた。 「さぁ、議題の通りだけど、今年はどこを探検しようか。そろそろ結論を出して計画を練らないと」 1か月前からちょくちょく話題には出していたものの、結論を出すまでには至らなかった。今年が小学生最後の夏休みだと思うと皆決定するのに尻込みしてしまっていた。  少年探検団結成以降、夏休みは必ず計画を立てて冒険していた。そもそも結成されるきっかけとなったのが1年生の時の夏休み、たまたま公園に集まった5人が暇つぶしに出かけたのが始まりだ。田舎町でただでさえ人が少ない上に、最近の子供たちは皆一様に高価なゲーム機を持っている。わざわざ熱い外に出なくとも、子供たちはエアコンの効いた涼しい部屋で友達と、あるいは一人でゲームに没頭していた。そんな中初めての夏休み初日に、公園に集まったのがこの5人だったのだ。お決まりのかくれんぼやおにごっこ、缶蹴りなどを一通り遊んだ後、翌日から山へ虫取りに川で泳ぎに、ほぼ毎日遊びつくした。おかげでタカシは早くも夏休み最終日の宿題地獄を味わった。  それ以来何をするにも5人で行動し、夏休みには特に大計画を立て、冒険に出かけると決めていた。 「去年は大失敗だったからなあ。なあヤスオ、お宝がザクザク出るって散々期待させといてよ。お前のガセのおかげでガッカリだったんだぞ。この愚者」  腕を頭の後ろで組み、椅子を後ろ脚2本で支えながら副隊長のシュウヤは愚痴を垂れた。 「そんなこと言ったって、成功に失敗はつきものだってエジソンやビル・ゲイツも言ってるし。それに僕は可能性は低いけどって前置きしたのに、金鉱石って言葉が出た途端目の色を変えて即断したのは君じゃないか…。第一君はいつだって無鉄砲なんだよ、勇気と無謀をはき違えてるんじゃないかい?そのせいで3年前だって……」  タカシは手を振ってヤスオを制した。どこから言葉がポンポン出てくるのか、ヤスオが話し始めると壊れたラジオのように歯止めがかからなくなる。ヤスオの知識には何度も助けられているが、黙っていてほしいことの方が圧倒的に多い。 「シュウヤ、ヤスオの言う通り冒険している以上失敗は仕方ないよ。いつも成功してたら俺たちは神か何かだ。失敗があるから成功した時に嬉しいんじゃないか。ヤスオもヤスオで言い返すのは一言でいい」  いつものことなのでタカシは軽くいなした。 「で、本題だけど、知っての通り俺たちにとって次は最後の夏休みだ。探検はあと一回しかできないかもしれない。ヤスオはもちろん受験して頭のいい中学校に行っちゃうだろうし、俺たちも部活やら学業やらで忙しくなるだろう。父さんが言ってたけど、運動部は夏休み中毎日練習をやるらしい」  現実の問題を突きつけられて楽天家のシュウヤですら真剣な面持ちをした。ヤスオもしょんぼりと肩をすくめてみせた。すると眼鏡でやせ型のヤスオと対照的な体格のタイチが口を挟んだ。 「お、俺も来年からは学校から帰ったら店を手伝えって言われてる…。ほら、俺の家って共働きで定食屋をやってるだろ。だからもうあんまり探検団の集まりに参加できなくなると思うんだ。だから最後の冒険は思い出に残るようにしたいな」 「でも確実に成功する探検なんかつまらないしなあ。無難な遠征なんかそれはもはや探検じゃないじゃん。でも、財宝なんかゲットできなくてもいいからスリルを味わえるものにしたいね」  タカシが意見すると、今度はシンジが口を開いた。 「見ての通り僕は今回も参加できそうにないや。ごめんね。でもまたビデオ通話で参加できる電波の通じる場所だといいな。もしダメでもカメラをずっと回しててくれると嬉しいな。ともあれ携帯やカメラがある時代でよかったよ。必要な機材があればまた言ってね」  シンジは車いすだ。出会った頃はまだ普通に歩いており、探検にも毎回参加していたが、事故でケガして以来車いすの生活を余儀なくされていた。3年近くこの状態だが、まだ回復する兆しは見えないという。しかし彼の父親は地元の名士であり、お金持ちであった。なので必要な機材は大抵無償で提供してくれ、探検団にとって最も存在の大きい、スポンサーとも言える立場だった。小学生ではなかなか持ちにくい携帯も人数分用意してくれ、ヤスオのアイデアを活かした探検団秘密道具もたくさん実現させてくれた。今のところ探検団は大した成果はないものの、同年代の子供に比べて恵まれた環境にいるとタカシは感じていた。それもシンジという強い味方のおかげだった。 「シンジいつもごめんな。絶対思い出に残る冒険にしような」  車いすのシンジに哀れを覚え大見得切ったものの、条件に該当する場所はタカシには全く思いつかなかった。  議論が紛糾して静まりかえっているところにドアが勢いよく開かれ、探検団の視線が一斉にそちらへ注がれた。 「あー、やっぱりここで悪だくみしてる」  入ってきたのは幼馴染でクラス委員長のミホだった。その後ろには女子が2人ミホの陰に隠れてモジモジしながらクスクス笑っている。 「外で遊びなさいよ。こんなに天気がいいのに」 「うるさいな。大事な会議してるんだから邪魔すんなよ」  タカシとミホは幼馴染で、いつもお互い喧嘩腰で会話をしていた。別に嫌いではないのだが、自然と強い口調で言い返してしまう。少し悪かったかなと後悔もするのだが、ミホも負けじと言い返してくるのでこれがミホとのコミュニケーションなんだろうと認識していた。  しかし今日のミホは気に留めた様子もなく、黒板を眺めて文字を読み上げ始めた。 「議題。睦美小学校少年探検団最後の冒険……。いいじゃない!私も小学校の最後に何かやりたいと思ってたのよね!私も仲間に入れてよ!どこに行くの?」  ミホは一気に捲し立てると探検団を見回した。呆気にとられた探検団だったが、タカシはため息をついてから切り出した。 「女はダメだ。俺たちは5人でチームだからな。そんなに入りたきゃお前も作ればいいだろうが、女子集めてさ」 「そんな物好きな女子いないわよ!ねぇなんで女はダメなのよ!別に6人でもいいじゃない!」  なおも食い下がるミホだったが、シュウヤが宥めた。自分も直情型なところがあるせいか、女の扱いにだけは慣れている。 「まあ落ち着けよミホ。実はまだどこに探検に行くか決まってないんだ。決まったら教えるからさ、今日のところはね。なんならミホも考えてよ」  シュウヤは困ったような、しかし奥底に余裕を感じる苦笑を浮かべて見せた。後ろの女子たちのクスクス笑いがより一層強くなった。シュウヤの挙動はいちいち優雅であった。しかしシュウヤは自分がモテることを分かっている。それゆえいちいち気にする様子もなかった。 「いっつもそう言って仲間に入れてくれた試しがないじゃない!」  ミホは頬を膨らませながら不平を漏らした。 「いや、俺は誘おうと思ったんだけど、タカシに止められちゃってさ」  ミホがタカシをじろりと睨んだ。 「次は絶対誘うからさ。破ったらクラスの女子全員とデートしてあげるよ」  小学生とは思えないキザな発言に、後ろの女子はお互い叩き合いながら走って去ってしまった。 「いらないわよそんなもの! 私何も得しないじゃない!」  ミホはさらに怒気を強めた。しかし妥協したかのように言葉を続けた。 「でも探検する場所も考えといてあげるわ。だから絶対入れてよね」 まだブツブツ文句を言っていたが、ミホも彼女らを追いかけて去っていった。 タカシはシュウヤに詰め寄った。 「おい、どうすんだよ。探検団は5人って決めてたじゃんか」 シュウヤは首を横に振った。 「いや最初に集まったのがたまたま5人だったからだろ。5人じゃなきゃダメなんて決めた覚えはないよ。なあみんな」 他の3人は頷いた。 「それになタカシ。お前ミホのこと好きだろ。ほんとはミホと行きたいくせに」 タカシは不意を突かれた。シュウヤはニヤニヤ笑っている。他の3人はキョトンとしていた。 「は? 何言ってんのお前? あんなブス好きじゃねえし……。お前こそなんだよ。女子全員とデートとか言っちゃってさ。恥ずかしくないのかよ」 タカシは動揺を読み取られまいと平常を装おうとしたがかえって逆効果だった。 「話を反らすなって。タカシ、小学校ももう卒業なんだから粉かけといた方がいいぞ。じゃないと他の学校から来たやつにミホ取られちゃうかもしれないぜ。ま、ミホもお前のこと好きだろうからその心配はあんまりないけどな」 シュウヤが言い終わると3人はニタニタ笑い始めた。 「よっ、両想い!」 タイチが左手を口元に添えて囃し立てた。 それに続いて4人が「両想い! 両想い!」と音頭を取った。 「おい、まじで辞めろって!」 タカシは顔が火照っていくのを感じた。ちょうどいいタイミングで予鈴が鳴り、タカシはすぐさま教室を抜け出した。  授業が始まる直前、シュウヤが後ろを振り返り口パクで「リョウオモイ」と形作ってきた。タカシは机に突っ伏して寝たふりをした。小学校生活最後の探検、どこへ行こうかということはすっかり失念してしまっていた。
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