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「次はもう少し友人らしいことをしよう」
身支度を済ませたエットーレが言う。その一言にイレネオが眉をひそめる。友人らしいだって?
「俺はあなたと友人になった覚えはありませんが」
「じゃあ、なに?」
エットーレが「まったく分からない」、「教えてくれないか?」、「興味深いな」とばかりに畳み掛ける。イレネオはなんとも形容し難い――口にするのも憚られる言葉を喉奥まで押し戻す。
「品行方正なこった」
イレネオのことを鼻で笑うと、エットーレは苦虫を噛み潰したような顔をした。「大変よろしい」などと続けざまに毒吐く。
「そんな諸君に俺はとっとと身なりを整えることを勧めますね……?」
「言われなくてもそうするさ」
熱が引いてもなお、まなじりを染めるエットーレをなんとかして言い負かしてやろうと口撃をしかけたが、イレネオの言葉は的外れな方ばかり飛んでいった。
改めて服装を整えると二人は揃ってエットーレの家を出た。取り分けイレネオはまるで何事もなかったかのように装おうとした。昼下がりに食事を摂ろうという話になったためだ。
「刺激的な運動の後は腹が減るのでね」
「生々しいことを言うな!」
これ見よがしに視線を投げかけるエットーレを一喝する。
相手が妙に胸のうちをざわめかせるので、昼食は適当に腹へ詰め込むだけで済ませる。一人で急いでいるイレネオをエットーレはまたも面白そうな顔で見つめ、指先が触れ合うような手渡し方で水を寄越した。
「この後のご予定は?」
エットーレはまだイレネオを手放したくないと思っていた。それとなく聞き出すと真っ当な友達付き合いに同行させることに成功した。慎重派なのか素直なのかよく分からないなと横目で見る。
一方でイレネオは自分がこれからどこへ連れて行かれるのかを考えていると気が気でない。
船旅だったなら、自分は上手く逃げきれるだろうか?
このイレネオの予想は半分が正解で、もう半分は外れていた。単なる買い物に付き合わされたのだが、その場で彼はエットーレの悪巧みの餌食になった。
姿見を前に水兵帽を手にしたエットーレが、イレネオの頭に乗せる。そして「悪くないんじゃないか? 水兵さん?」と一言。
鏡に映る自分の姿を見た途端、イレネオの背中に冷や汗が吹き出す。この男はなんてことを……!
英国では「水兵さん」は男の同性愛者の隠語として知られている。
イレネオは咄嗟に相手の手をはたき落すと「いい加減にしろっ」と睨めつけた。
「………まぁいいさ」
ところがエットーレこそ機嫌を損ねた様子で今度は自分が恰好がつくよう水兵帽を被る。
「俺はアンタと違って似合うんでね……そうだろう?」
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