125人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ
一瞬にしてエットーレの瞳が燃える。彼は「へえ」なんて言った口から舌が覗いた。
「そりゃあ余計な味見をさせたようで……?」
まるで娼婦がたばこの火を吹きつけるかのようにエットーレはイレネオに吐息を浴びせる。だらしなくはしたない魔性の男は彼は甘い果実か香しい花の匂いを発していた。彼は香水をつけない。
イレネオは嗅覚を持って生まれたことを初めて後悔した。
そしてエットーレは申しわけないなどとは一切思っていない様子で饒舌に喋りつづける。
「満足できるか? ただの女で」
散弾銃さながらの口撃はついに痴話喧嘩などでは済まされなくなってきた。行き交う人々が「いったい何事だ?!」とばかりに二人を見遣って通り過ぎていく。
やはりエットーレ・クリスタルディは疳の強い男だ。神経が過敏で、小さなことにもいら立って激しい怒りに駆られている。
彼の体内に張り巡らされている緊張の糸。エットーレの神経や血管はそのか細い糸でできているに違いない。
思わず、頭痛が痛いなんて間違った言葉の重なりがイレネオの脳内を支配する。気も遠くなってくる。
常に他の男を翻弄し、彼は頭の中で次なる悪巧みに思案をめぐらせた。上機嫌になったり怒ったり本当にエットーレは忙しい。
体の内を業火に焼かれながら――それは恋?――エットーレが言い放つ。
「俺も言わせてもらうが、アンタだって思っていた男とは違ったんだ!」
口論の最中エットーレはいくつかイレネオには分からないことを捲し立てた。彼を支配し、激しく燃える炎にイレネオまでもが焼き尽くされてしまうかと思った。――いいや。その実、彼は恋に翻弄されているのか?
最初のコメントを投稿しよう!