125人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ
つい食指が動く。マウスポインターが画面を彷徨い、記事へと合わさった。不可抗力だとイレネオは自身に言い聞かせた。人差し指が妙に力む……
左ボタンをただ軽く押すだけのはずがマウスを握る右手が強張り、イレネオは指がつってしまう! と思った。
指を左ボタンに押しつけると、余計な力が加わった指の腹が白くなり、人差し指は手のひらに向かって反っている。力の強さとは裏腹にクリックすると、カチッという微かな音がする。
程なく、画面が記事を読み込み始めるとURLの下で青い線が走り出した。
【華麗なる一族の光と影、人々を蠱惑する美青年は家族をも翻弄するか――。】
再びあの題字が画面に躍り出る。
次いで俳優もしくはモデル然とした恰好で粧し込んだ脚本家の写真が現れた……例によって左目は伸びた前髪で隠されている。
白い肌には不気味な火傷の痕が浮き上がり、非対称かつ不均等さが邪魔をして美しさを崩したかのように見えた。しかしそれがまたエットーレをとびきり魅力的な男へと仕上げていた。
[エットーレ・クリスタルディ、彼の名前は確実に世界へと広がりを見せはじめた。その名のとおり水晶にも負けぬ輝きを放つのは、なにも素晴らしい才能だけではない……]
記事の内容はエットーレの若い才能を称えることを早々と打ち切ると、数段落目には今回の記事の本題へと入り始める。
[時にその美しさは家族をも狂わせてしまうようだ。(彼は身震いするほどのものを合わせ持っている。)……]
情感たっぷりに書き立てるのも所詮はいち素人の個人ブログに過ぎないが。そういったものが、またアクセス数を稼ぐのだ。
記事を読むイレネオの瞳に文章が映る。それほどまでに彼は真剣にのめり込んでいた。
今度はエットーレのほか、クリスタルディ家の当主とその妻、彼の両親だ――二人は寄り添っていた――の写真も並んで登場する。
三人の容姿は充分に比較され、似ていないことが強調されていた。
さらに話は親の夫婦仲へ発展し、意図して疑惑を生み出すとエットーレの失踪事件へと移っていった。
そのブログによると、エットーレは十代半ばの頃に数ヶ月間行方をくらませてしまい、ひどく重い怪我を負った状態で発見されたという。
噂では火事に遭ったのではないか? ということだ。
「……火事……」
口をほとんど動かすことのないままイレネオが呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!