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真っ暗闇の画面に映る自分の顔を見ていた。イレネオが己の目の奥にあるもの――考えていることなどを探ろうとするが――我ながらさっぱりだ。
電源を切ったパソコンはまだ熱く、思いのほか長時間使用していたことを物語る。
口の中で「火事」と繰り返す度にぎこちなく舌が動いた。
どうしてこうも付きまとい自分を取り囲もうするのかとイレネオが考える。彼に火の粉が飛ぶことはないが、いつも周囲を焼き尽くす。叔父のことを考えていたせいか? いいや、エットーレ・クリスタルディにしても、またも火事だ……忌まわしい火……
火事、火事、火事……
細く吐き出した息が熱い。暑さに耐えかねて手元を探ったが冷たい飲み物の用意はなく、グラスすら置いていなかった。
重い腰を上げ、仕方がないとばかりにのそのそとイレネオが台所へ向かう。体のうちからすっきりとした気分になれるよう、ミネラルウォーターを飲もうと思っていた。たしか、冷蔵庫で冷やしていたはずだ。
中にあった一本きりのペットボトルに水は半分も入っておらず取り出した拍子にちゃっぽんと揺れて音をたてる。
早々にペットボトルから直接喉に流し込むも熱も暑さもちっとも取れやしない。
イレネオにとってのエットーレ・クリスタルディはいよいよ得体のしれない男になってきた。
恐ろしいまでの美しさ――傷と障がいを負った――乱れた「美」を身に宿す存在……富も名声も手にしながら一時消息を断った少年時代。それに付随するかのように消された経歴。そして火事。
再びイレネオの脳内に火事、火事、火事……と目まぐるしくその言葉が回る。
名商といわれる家の息子が消え、大規模な火災の末に発見された。それはいつだ? もしやその情報すら消されているというのか。――なぜだ?
半ば無理やりにでもイレネオの頭は二つの出来事を結びつけようとしていた。明確な理由は本人にも分からなかったが、彼の頭が「火事」に取りつかれていたことは間違いない。
そうだ、思えばイレネオの叔父があの忌まわしい業火に焼かれた頃と傷だらけのエットーレが発見された頃は……近いのではないだろうか。
単なる汗か、それとも嫌な汗かをハンカチで拭う。額がじっとりとしていた。D.Aの刺繍が目に入る。
頭の中で相反する意見が何度も押し問答を繰り返していた。自分は今なにか重要な解決の糸口を掴んだのではないか? 待て、早まるな。そんなはずはない。二つの事柄を結びつけるのは無理だ。だが、D.Aの刺繍が……! あの男も目にしていた!
そして涙を……一雫の美しい涙を白く滑らかな頬の上に落とした。
突如として溢れ出た涙に彼はなぜだか釘付けになったのだ。
あのとき彼はなぜ泣き出したのだろう? 自分が釘付けになった理由は?
エットーレはハンカチを故意ではないにせよ踏みつけておきながら関わらず、「そのハンカチは使えません」と言った……
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