126人が本棚に入れています
本棚に追加
最初に笑顔で愛想を振り撒いた。
色の白い顔が唇の端に花びらを挟むようにして微笑む。まさしく血色のいい口唇に花びらが乗っているかのよう。
端正な顔立ちの男は自身の魅力を最大限に引き出すことができた。その際、「やあ」だの「よぉ!」だのという野暮な挨拶はなしだ。
ひどいな、まるで死人でも見たみたいじゃないか。そう言わんばかりにエットーレが少しばかり笑みを崩す。
完璧な笑みはすぐさままなじりが下がった困り顔になった。
女の口が歪んで不恰好な形に開いた。口の中で懸命にかけるべき言葉を探している様が分かる。にこやかな笑みを浮かべようとする努力も。
「最近どう?」
以前に彼女が恍惚としていたこの顔に似合いの言語を使う。彼が母国の言葉を話すのは、咄嗟に出るものを除けば久しぶりだ。
たっぷりの魅力で昼間の高い陽の光が降りそそぐ瞳を輝かせて訊く。ややあって彼女は硬い表情と声で「えぇ、元気。久しぶりね」と答えた。
「恨んでるの?」
「あまりそう急くなよ」
早くも彼女は本題に入りたがっていた。忙しいのか……? とエットーレは考えたが生憎彼には自分のように相手が忙しそうには見えなかった。
「怒ってなんかないさ、別に……ただ先に唾をつけられたようだから妬いてはいるかも。それに、前はゆっくり飲めなかったアクア・メンタでも飲みなおさないか? って誘いたかった」
エットーレは華麗な所業で相手の「恨んでるの?」を自身の「怒ってなんかない」で言葉をすり替えた。
半ば諦めた様子の彼女が言う。
「あの店でいい?」
やはり相手は今度も名乗らず、エットーレもまた尋ねることはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!