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この男はいったい何を企んでいるのだろう。意味ありげに笑みを深くする。口唇の隙間から漏れ出す吐息が誘惑じみていて、たちが悪い。
自分の魅力を垂れ流しにするのは、わざとだ。たしかな品格を身につけているだろうに、その発露が下品なのはなぜなのだろう。イレネオの背筋に痺れが走る。甘さをわずかに感じたことなど、間違っても認めたくはなかった。
「悪趣味なことはしません」
「そうですか」
イレネオが動じず頑なになる。むんずと結んだ口の中に溜まった唾液を飲み込むと喉が太く鳴った。危うく唾液が気管に入りかけ、不恰好に咳き込んだ。
体を折り曲げ激しく噎せるイレネオを横目にエットーレが含み笑いをした。彼は他者が己に翻弄されている様を見ることが愉しくて仕方がなかった。揺れて乱されるなら、もっとだ。猫のように丸まる姿。ネコのように……
エットーレは客人の有らぬ姿を想像する。イレネオが体を横たえるのは――この家のベッドだ――身につけた邪魔くさい服を剥ぎ取れば、どんなふうに変わり果てるのだろう?
冷房が効いた室内に熱気がこもり始めていた。
ジーンズに白い襟付きのシャツ一枚きりというエットーレの肌は服に遮られてもなお薄桃に染まっていることが確認できる。色事に支配された色だ。
イレネオが家主に釘付けになっている間にも彼が注文をつけたアーモンド味のアクア・メンタは出来上がっていた。「どうぞ。お待たせしました」とグラスが差し出される。もう一方の手に、赤とも紅色とも取れる情熱的なラズベリー味のアクア・メンタ。
エットーレがアクア・メンタに早々に口をつける。鮮血の色を思わせる赤い唇がグラスの飲み口をやんわりと挟む。――見るからにやわらかそうな口唇は、やはりやわらかかった。
傾いたグラスからアクア・メンタが流れ込む。まるで口に色を移しているかのようだ。エットーレの白い喉元を通過し、体内へと広がっていき、その肌が色を透かせるとでも?
イレネオは相手の一挙一動を事細かに観察していた。もちろんエットーレは自身が見つめられていることに気がついていた。彼は微細なところまで自分を魅せることに長けていた。
「飲まないんです? また水くさくなってしまいますよ」
濡れた口を拭おうともせず、エットーレが言った。形のいい歯がちらりと覗いている。
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