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イレネオも負けじとアクア・メンタを呷る。ミント水の爽やかな香りが鼻から一息に抜けていった。
鼻に少しの痛みを感じながらも身も心も澄んでいく。家主は「お気に召したようで、なにより」と心にもないことを言っている。
先ほどの羞恥と焦燥からか貪欲に一飲みしたせいでアクア・メンタは残り少なくなってしまった。後の時間が気まずい……そう思った途端にイレネオは我が身を疑った。――なんだって?
初めから用などないのだから足早に逃げ去ってしまえばいいだろう? 自らの突発的な言動を悔やむ。水滴をつけたグラスと同じく、またもイレネオの手は汗をかいていた。
「あなたは少々頭で考えすぎる節があるらしい」
そこへ不意に影が差す。エットーレが彼の向かいの席へ腰掛けたのだ。「だが、それも表情からだだ漏れだ」と長い足を持て余すかのように投げ出して笑う。
椅子の背もたれの上で頬杖をつき顎をしゃくると黒い右目が弓張月の形に変わり、たちの悪さにいっそう磨きがかかる。
「いいな。案外……分かりやすい」
この男、何を持って「いいな」と言うのか。背筋に走った痺れが背徳感と結びつきそうだ。官能の気配……
まだ飲み終えていないグラスを置き去りにし、エットーレがにじり寄る。無理をして椅子ごと後退ろうとしたイレネオが苦肉の策で首をすくめた――その顎を掴まれる。
「また、するのか」
「ああ、そうとも」
けっして合意したわけではないにも関わらず、エットーレは一切悪びれる様子がない。
「俺は気が短くて我慢ができない。回りくどいことも嫌いだ」
「だがあなたは回りくどい真似をしている」
イレネオの言葉にエットーレが「そう」と慎重に顎を引く。
「だからそろそろ黙らせてみたくならないかと」
「ちょうどうるさいと思っていたところです」
椅子に腰掛けたイレネオに合わせて中腰になられると、またも彼らの唇の距離は近くなった。どちらともなく口で互いの唇を挟み合った。
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