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途端にエットーレの心臓が縮み上がり、締めつけられたのが見て取れた。弾かれたかのように顔をあげる。たじろき、その目には恐れが映っている……
当の本人には緊張で体温が上昇したのか、はたまた恐怖で体の芯から冷えてしまったのか判別がつかない。好き勝手に翻弄していたはずの舌も大人しく口の中に留まっている。
まるで傷だらけの少年のようでイレネオは思わず手を取った。室内の冷房の風で微かになびく前髪から見え隠れした――異色の左目。
白あるいは無色透明の眼球は動揺に揺れる右の目とは違い、ただじっとその場にいる。見慣れぬ色に美しさ以上の恐ろしさを感じた。
「オッド・アイか……」
「珍しいだろう」
怖々と、相手の長く伸びた前髪を掻き上げる。一見すると美しいはずの左目は濁って見えた。それをエットーレは「傷のせいだ」と言う。
「怪我をしたのか?」
「ああ」
たしかにこの男の顔面には他にも傷痕があった。目頭と鼻の間の鼻根部に火傷の痕……赤く爛れた様は虫が這い回っているように見える。しかし眼球に傷を負うなど、なんと壮絶なのだろう?!
「だからアンタのこっち側もまるで見えない」
イレネオに捕まっていた手をほどき、彼の頬へと触れる。想像を絶した一言にイレネオの胸が貫かれた。言葉が何も見つからない……
「何もかもが不均等な男は、嫌か」
「その左目が綺麗だと言ったら、怒るか?」
互いにはほぼ同時に問いかけた。ごく一瞬だけ、エットーレの表情が歪む。それは喜びを噛み締めているようにも、懸命に悲しみを堪えているようにも思える。
「どんなふうに………見える?」
上擦る声を無理に抑え込もうとする様子が彼らしくもない。短期間と言えどイレネオが知るエットーレの振る舞いではなかった。
「どんなふうに?」
「そう」
突然、イレネオにとって難しいクイズが始まっていた。彼は見事に言い当てなければならず、相手もそうなることを渇望している。
はたしてできるだろうか?
恐ろしさを孕む「美」がエットーレの中で身をひそめていた。けっして誰にも見せまいとした傷が彼の異質さを際立てている。
白い瞳。その色から透き通って見えるはずの眼球は傷を負ったことにより濁っていた。
ともすれば銀河系で鈍くかがやく星々のよう。
先に「褒めても怒るなよ?」と釘を刺す。
「…………綺麗な星の色だ、そう見える」
その瞬間、エットーレは万感の思いでイレネオを抱きしめた。
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