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口の中でエットーレの舌は蛇の化身となっていた。凶悪なまでにイレネオを攻め立てる。
この饒舌な舌遣いはエットーレが最も得意とするもののうちのひとつだ。――彼が、小鹿ちゃんであった頃から。
程なく浴室へもつれ込んだ二人に雨の矢のごとくシャワーの水が打ちつける。冷たい水も肌の熱さに負けていた。
水も滴るなんとやら。美しい顔をしとどに濡らしたエットーレは時おりは目に入るであろう雫をものともせず熱い眼差しでイレネオを見上げた。視線がぶつかり、口内でまた脈を打つ。
汗ばみ荒い呼吸を繰り返したイレネオに対し、エットーレは涼しげに笑う。やがてその口から青臭い息が漏れた。
荒波を越えたイレネオの体は凪いだ海のように熱が引いていく……そこへ間髪入れずに「よかったろ?」という声。相手には余程の自信があるらしい。
エットーレ・クリスタルディは男であるくせに……そう、あれだ。淫らでふしだらな奴のことを地中海の郷では何と言っただろう? イレネオが回らない頭で考える。
すると、それすらも見透かしたエットーレが含み笑いをして見せた。
「売女」
赤く潤んだ唇を横に引き伸ばし裂けたような笑みにめまいがする。エットーレはその不気味さまでも滲み出る色気へと変貌させる。
流暢にその地の言葉を操るエットーレとは違い、イレネオは慣れた英語で「売女……」と繰り返す。まさにその通りじゃないか。
背中を浴室の壁に押しつけ、ずるずるとへたり込む。一方のエットーレは「もう音を上げるのか?」などとのたまった。
薄桃色に染まった肌が艶めいているのは、おそらく気のせいではないだろう。この男は交わり重なりあうごとに「美」を極めていった。女豹や売女など、生易しいものでもない。
「淫魔の間違いじゃないか?」
イレネオは「嘘をつくな」とばかりに鼻で笑い飛ばした。
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