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Bella Notte - 美しい夜 -
漆黒の闇をもってしてもなお、黒黒と光る目があった。それは陰鬱な血によるものだったが、世界のすべての輝きを閉じ込めたような光りかたは、もう半分の華やかな血筋のせいに違いない。
彼の周囲は常に厚く暗い鬱屈としたものが覆い、渦巻いていた。
地中海沿岸に海と空の境界はない。陽光で砂浜が金のきらめきを放ち、風に巻かれた太陽と潮の匂いが地表から湧き上がる。
町は愛に溢れていたが、その少年は愛にあぶれていた。
深い湖の底のように澱んだ瞳が頻りに手元を追っている。闇のなかで揺らめく松明の火が顔に照りつけた。光と闇が彼の半分の眼窩を暗い窪みにして、他方を黒く染めては陰影をはっきりと描き出した。
白い肌が朱に染まり、唇は血の滴りを感じさせるかのごとく一際赤く濃くなった。
彼の顔の半分は伸ばした前髪で隠されており、時おり透き通った白銀の眼球が覗く。
自らの美しさを認めたリノ・キッキは顔の一部を覆い隠すことで、いっそう魅力的になることも熟知していた。
四方を石畳で囲まれた北の隠し部屋をリノは好んだ。黄ばんだ紙の上で、たっぷりとインクを含ませたペンが動く。
いつだったか文章の才を買われて以来、彼は夜な夜な物語を紡ぎ出している。
暗い闇の中にいるからこそ、彼の脳内には色彩が溢れ出した。燦然と薄黄色に輝く太陽と、その光が降り注ぐセルリアンブルーの海。
小麦色の肌を寄せ合う女と男や、男と男……自分には――リノが――持ち得ない肌の色だ。
夕焼け空で揺られる黄金の稲穂のような髪も、甘くとろけるチョッコラータような瞳も……疎ましい。
妬ましい。
潤みを帯びた口唇が親指を咥えて赤子のごとくしゃぶっていた。
指しゃぶりがリノの不安や寂しさを打ち消し、心を満たす術だった。
だが、フェデリコだけは彼の悪癖を認めない。
「みっともない真似はよせ。小鹿ちゃん」
フェデリコはいつも苦言を呈す。しかめっ面になった小麦色の顔も、太陽が似合う茶色い髪もリノが妬ましく思っているものだ。……だからこそ太陽の匂いがする肌に惹かれた。
周囲は揃ってリノを「小鹿ちゃん」と呼ぶ。たしかにリノは白くて赤い肌と唇……魅力的な顔を持っていたが、それらは艶やかな髪で覆い隠している。彼が少年だからである。
しかし彼らは皆、リノが女の子であるかのように呼びかけた。
「今に赤ちゃんに逆戻りだ」
「価値なんて下げてくれないくせに。あなた、俺で空想に耽るのが好きなんだ」
自らを鼻で笑ったリノの声は、顔に似合わず深みがある。
「まったく手がかかるよ。ねぇ? 彼氏?」
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