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しばらくして所長室に姿を現した客人は、サマースーツのジャケットを小脇に抱え、吹き出す汗をハンカチでぬぐう恰幅のいい男性。
にこにこ微笑みながら、さっきまで所長が寝転がっていたソファーに腰を下ろした。
「いやぁ、暑い暑い。もう夏もすぐそこだねぇ」
そんな世間話をしながら、男性はキンキンに冷えた麦茶を豪快に喉に流し込んだ。
「では、ご用件をお伺いしましょう」
さきほどまでぐうたらしていた所長も、客人の前ではしゃきっとするもので、早速今回の依頼内容を促した。
室内の涼しさと水分補給で、少し熱から解放されたのだろう。さきほどまでは真っ赤だった顔からすっと汗が引いた。
「こちらを」
その言葉添えと一緒に差し出されたのは一枚の写真。そこには華のように微笑む女性がひとり写し出されていた。
「人捜し……ですか?」
所長はその写真を受けとるとそう口にした。
「さすが探偵さんだ。えぇ。彼女を探して頂きたいのです」
依頼主の表情は常ににこやかで、どうもなにかの事件に巻き込まれたという様子ではないことに、わたしらひとり安堵した。
こういう場に立ち会わせるのははじめてで、どのような案件なのか、少しだけドキドキしていた。
「彼女は私の初恋の相手でして」
少し照れたようにはにかんで、頬を掻く依頼主に、こちらまで口元が緩くなってしまいそうになった。
「綺麗な女性ですね」
思わずそう口を開くと、男性はさらに照れたように口元を緩めた。
隣に腰をかける絹田さんは、邪魔をするなと言わんばかりに私たちの会話を遮るように話を続けた。
「この方のお名前は?」
「花川澄子さんと言います」
麗しい顔立ちに似合う華やかな名前だ。
しかし、また口を挟むと部屋を追い出されそうなので、わたしは口を詰むんだ。
「この写真はいつ頃のものですか?」
「10年ほど前のものです」
……その後も彼女の情報を淡々と聞き出す絹田さんは、ぴくりとも笑わない。
この仕事とは、そういうものなのだろうか。
そんな風に思いながらも、依頼人が口にした言葉を指示通り紙にしたためていいった。
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