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ひどい暇つぶし
まだ列は続いている。
街に入るのがいくらなんでも厳重すぎる。
街に入るのには検査が必要らしく馬車や旅人を止めては質問やら荷物検査をしているらしい。
暇だからと言ってずっと食べているわけにもいかないし、だからといって大声で話していると怒られる。
いいだろ、外で難民みたいに街に入るのを待っているのだから。
アリーシャを揶揄えないとなると非常に残念だがやることがない。
アイテムボックスから取り出した聖剣を持って素振りをしてみる。
鞘から抜いたりしまったり。
弓とは違って明鏡水月、自然に沢に流れる枯葉の如く滑らかな動きを見せる。
弓は弓のせいもあるがろくに使えないのは弓という武器がないせいだろう。と考えた。剣は達人級なのではないだろうか。周りにいる人たちも息を飲んでいるし、子供がスゲーって言っているのが聞こえるし。
素早く振っても
キンキンキン!なんて音は出ない。これが達人の域というものよ。
「アンタ、"剣"も使えるのね。はぁ……どうなってんのよ」
「も、とはなんだ。残念ながら弓は使えないのだ」
「は?"ゆ_み"って何よ」
あー、そういう感じですか、おkおk
「なんでもない」
「……気になるでしょう!言いなさいよ!」
「もっと静かに出来んのか」
「アンタがムカつく話し方するからでしょうが!」
「やれやれ」
「やれやれじゃなぁい!」
「こら!静かにしろって言ってんだろ!叩き出すぞ!」
槍を持って列が乱れないように注意していた兵士がまたキレた。
ほらお前のせいでまた怒られた。
「ほら、お前のせいだぞー。謝れー」
「んぎぎ……」
抵抗するアリーシャの頭を無理矢理おして下げさせる。
抵抗すんなよ。
剣を振り回しても衛兵が怒ってこなかったので、列が進むのを待ちながら感覚を思い出して行く。
思い出すもクソもあるかと最初は思ったのだが、剣を振っていると久しぶりに自転車に乗った時のような思い出す感じが出てきた。
アルカナが優秀なのかスキルの力なのか、音も残像も残さず高速で斬り付けられるのだから凄い。
最初は風切り音を出していた素振りも勢いよく振っても音を出さなくなった。
時闇の力を使って時間停止とかしてないというのに、鞘から手に瞬間移動したようにしか見えない高速で抜き放ちができるようだ。
だが、だいぶ時間が経過したというのにまだなのだろうか。
あまりの遅さに荷馬車持ちの人たちは中に入り、馬車を持たぬ旅人達はその場に座り込んでいる。
だが彼らもよほど暇なのか俺の素振りを感心げにみている。
これは何かやることを期待しているのだろうか。
俺が今振るっている聖剣は人間のプレイヤーが持っていたものを殺して奪ったものだが、光属性武器を装備すると悪魔は著しく能力が低下する。
だからエンジョイ勢がPvPをする際は必ず悪魔族は光属性武器を持って人間の能力値に合わせる。という独自ルールを作って楽しんでいた。
皆俺に期待しているらしい。
いや、何をしろってんだよ。
聖剣の能力である固定スキルでも使ってマジックでも披露すりゃあいいのか?
「ちょっとまた何かする気」
「またとはなんだ、またとは。暇だからな、少し催しごとでもしようかとな」
「そ、あの怒ってくる兵士でも斬り殺すの?」
今まで素振りしていた聖剣を天に捧げるように掲げ、詠唱を始める。
「ハッ、やるわけないだろ。あぁ……これダメージ食らうからやだけど期待されてるからなぁ……《聖なる光!神威を持って邪を祓い、天の采配を持って救いたまえ
"固定スキル/天国(ヴァルハラ)の祝福"》」
異変に気付いた兵士達が城壁の中から湧いてくるのが見える。ただかなり遠い。
「こらこらこら!何をやってる!!?」
一番近くにいた片手を義手にしている兵士が怒鳴る。
彼は先ほどから何度も俺たちを注意してきた衛兵だ。
困ったことに俺が素振りを始めたくらいから専属の監視になってしまった。
止めようとしているらしいがもう遅い。
突き出した槍は空中に現れた光の魔方陣に弾かれ兵士は吹っ飛ばされる。
薄く曇っていた空は自分の上空から逃れるように引き太陽の光が差し込み始める。おおっ……と退屈をしていた列に並ぶ人間たちが空をみてざわめく。
それだけで終わるはずがない。
目が眩むような輝きを放つ聖剣を勢いよく地面に突き刺した。
しゃん
サンタの乗ったトナカイがつけている鈴のような音がなり光の波が空気を震わす。
こちらは悪魔なので今ので大ダメージを食らった気がするが、心なしか周りにいる人たちは心地好さそうだ。
冬に温泉に入った時のような表情を浮かべているが俺と隣で鎖に縛られて転がっている魔術師のアリーシャはくるしそうだ。
地面に突き刺した聖剣から天に向かって光が伸び空から緑を帯びた光の粒が雪のように舞い降り始めた。
そして空には虹がかかる。
"固定スキル/天国(ヴァルハラ)の祝福"
は魔術師を除いた人間に祝福を月光を除いた悪魔に継続ダメージを与える。
祝福とは総HPの25%の回復、継続で自己回復3%/sつまり、1秒間に3%ずつ最大で300%の回復を、さらにエリア内の状態異常を解除、闇属性耐性付与、防御力向上だ。
Lv 35〈封印/Lv 834〉
HP 103 (265)〈封印/24060〉
MP 31 (125) 〈封印/36800〉
超減ってんじゃねえか。
MPがめちゃくちゃ減ってるのは、ラナックのところで使った魔法が原因じゃなくて魔界から召喚した"狂い魔剣"のせいだ。それから今の手品のせいでMP50近く削られたな。
悪魔が光武器の固定スキルを使うと人間の10倍のMPが持ってかれるとかいう仕様はなんとかならないのだろうか。
槍で突き刺そうとしてノックバックを食らって吹き飛んだおっさんを見ると彼は泣いていた。
近くには義手が転がっていて、新しく生えてきた左手をさすっている。
状態異常の解除は欠損も含まれるかなあ。
あ、よかったな。治って。
「おにーさん、すごーい!もう一回やって!」
いややめて、そんなキラキラした目で見ないで!
「ふぅ……残念ながらこれは1日一回しかできないのだ」
「えー!!」
「けちー!」
おい、本当子供って自由だな。
ちなみにこいつらは俺たちの前にいた荷馬車に乗った六人家族だ。
ちょっとは親も注意しろよ……と思い勝手に荷馬車に入るとみてはいけないものをみてしまった。
やせ細った婆さんとおっさんが抱き合っている。
…………そっと荷馬車から降り列に戻る。
「凄いわね。凄いとしか言えないけれど」
「そうだな」
「急に無言になってどうしたの」
「いや、なんでもない」
「疲れたの?だったら私を鎖から解いてくれたら抱きしめて癒してあげてもいいわよ」
「貴様逃げるだろ」
「当たり前じゃない」
「だから鎖に巻いたままにしているのだ」
「で、どうなの?前の荷馬車の中をのぞいてから急に無言になったじゃない」
「きになるか?」
「なる」
「実はな、やせ細った婆さんとヒゲもじゃもじゃのおっさんが抱き合っていてな、その横で顔を真っ青にしたおばさんが立ってたのだ」
「そ、それはやばいわね。てかこ、こんなところで何をやっているのかしら」
「ナニをやっているのだよ」
中指をくいっと動かしながらいう。
顔を赤くして黙ったアリーシャを放置して遠くを見るとこちらに向かって来ていた兵士達が腰を抜かして天を見ていた。
完全に停止した列をみていつ再開するんだろうかと人ごとのように眺めていた。
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