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小さなこの街には、大きな川がある。帯のように街を貫く河川の名はなんだったか──俺はよく覚えていない。
「早く歩けよな」
橋の上で半分振り返り絵梨を確認する。彼女はきちんと俺の後をついてきていたので、また前を向いて歩き始めた。
右手から河川の流れるせせらぎと遠くの電車が走り去る音が聞こえ、静かな風が俺の背中を撫でた。そして左手斜め後ろから、絵梨がようやく追いついたのか俺の肘を掴もうとしたので驚いた。
「何だよ」
「たっくん、手、繋ごう」
「……嫌だよ」
すげなく拒否をした俺に、横に並んだ絵梨は怒ったような顔をした。
「でも危ないよ」
「危なくない。俺ら、もう小さい子どもじゃないだろう」
差し伸べられた腕を振り払う。絵梨は少し寂しそうな表情を見せ呟いた。
「……たっくん、私のこと嫌い?」
その問いとともに、俺たちの間を薫風が駆け抜けた。
爽やかな夏の風。それなのに、俺の心は絵梨からの思いがけない問いによって、ざわざわと平常を脅かし始めていた。
嫌い?
……愚問だ。だってそんなの──当たり前じゃないか。嫌いだ。俺は絵梨が、嫌いだ。
生まれた時からずっと一緒の絵梨。絵梨が姉で、俺は弟。まず先に絵梨がいて、俺は後。その順番は変えられず、その事実は俺の心に重い鉛を沈める。
いつも両親の愛情と心配を一身に受けていた彼女。注目されるべき存在はいつも彼女で、俺は二番手。絵梨は助けられる側で、俺は助ける側。ある日、母は言った。「卓也がいて良かったわ。絵梨のことを任せられるから」──それはつまり、絵梨のことを任せるために俺は生まれたのか?
そう考えたらあとはもう、泥沼だった。俺の存在意義は絵梨のためだけにあり、俺の出生理由もそのためだけだったのではと思い始めた。
何だよそれ。ふざけるな。行き場のない憤りが俺の中で爆発し、家を出るという行動に移させた。寮付きの高校を探し、そこでは一人っ子という設定で過ごした。誰も俺に障害者の姉がいることを知らない。そのことでからかわれたり、普通とは違う姉を笑われ恥ずかしくなることもない。高校生活はとても有意義で楽しいものになった。少しの後ろめたさなんて、かき消えるほどに。
だから俺は、きっぱりと言ってやるんだ。
「……ああ。嫌いだよ」
思いの外に──震えた声がこぼれた。
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