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「……ら、……きら、……あきら、輝?」
母さんに何度も呼びかけられて、俺は目を覚ました。腕に感じる華奢な身体の感触と頬をくすぐる髪にはっとして、俺は急いで母さんから身体を引き離した。
「なによ、そんなに慌てて離れなくてもいいのに」
狼狽える俺とは反対に、母さんは朗らかに笑っていた。アラフォーとは信じられないが、笑顔の母さんは間違いなく大人で、俺の頭の中の姿と一致していた。
「もう足、平気なの?」
母さんは普段と変わらない様子で話しかけてきた。だけど、その赤く潤んだ瞳を見て、奇跡は起こったんだろうなと実感した。
「あ、うん……」
「お医者さんも日常生活は一ヶ月もすれば大丈夫って言ってたもんね」
母さんは何事もなかったかのように振る舞い、俺のさっきの一連の行動には触れてこなかった。
「……あのさ、ごめん、母さん。俺、迷惑ばっかかけて」
二人並んで歩き出したとき、俺は切り出した。
「やだ、どういう風の吹き回し? そんなの気にしなくていいよ。母さんなんておじいちゃん、おばあちゃんにもっともっと面倒かけたもの」
母さんがあっけらかんと話す。だろうね……と危うく言いかけたのを俺は寸前のところでなんとか堪えた。
「……今日から学校行くよ、俺」
「いいけど、どうして?」
「どうしてって、もう動けるし、いつまでも前を向かないのはダサいなって」
「そっか。でも、今日土曜日だよ」
母さんがからからと笑い、ふと足を止めた。そして、橋の下を流れる川を指差す。
「ほら、輝、見て。水面が光ってるでしょ。お腹にいるときに、こういう景色を見たことがあってね、輝って名前にしようって決めたんだよ」
母さんの横顔が金色に染められていた。
― 川の水面が宝石をちりばめたみたいにきらきら輝いてた。
産もう ―
日記に綴られていた言葉が蘇る。俺は自分が生まれ変わるような気がした。空は刻々と明るさを増している。ここからまた新しい一日が始まる。
「輝、今みたいな時間をね、マジックタイムって言うんだって。知ってた?」
母さんが、俺は知らないと踏んで得意げに話してきた。
「う、……ううん」
そう返すのが俺には精一杯だった。
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