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 新富士駅のホームに、東京行き最終の新幹線が滑り込んできた。葛木は先頭車両である十六号車の、前のドアから乗り込む。 「間に合ったぞ」と電話に向かって言うと、《クリアのための最低ラインでしょ》と犯人の男は言った。 《じゃあ、始めようか》  駅に着くまでの間にも、葛木はいくつか質問をしてみたのだが、《試験開始は乗り込んでから》と犯人は一切何も答えなかったのだ。 「最初の質問だ」葛木は早速言う。 「爆弾は車内か? それとも外か?」 《きみね、さっき言ったよね? 僕はイエスかノーで答えられる質問にしか答えないよ?》  くそ、簡単なようだが、これはなかなか面倒くさいルールだ。葛木は気を取り直して尋ねる。 「爆弾は列車の外側に仕掛けてあるのか?」 《そう、質問はその感じだよ。そして、その質問にはノーだ》  ノーと言うことは、爆弾は車内か。  発車ベルが鳴る。車両のドアが閉まり、続いてホームドアが閉まる。新幹線がゆっくりと動き出したところで、葛木は客席フロアに移った。先頭車両から最後尾に向かって歩けば、乗客の顔をチェックしやすい。それから、不審な荷物も。  平日の最終列車だから指定席もガラガラで、乗客のほとんどが出張帰りのビジネスマンらしい風体だった。ネクタイを緩めて発泡酒片手に寝息を立てている者、パソコンを食い入るように眺めものすごいスピードでキーボードを叩いてる者、背もたれを最大限まで倒してスマホゲームに興じる者、等々。 「お前はこの新幹線に乗っているのか?」  歩きながら、葛木が尋ねる。 《その質問は、爆弾の在処とは関係がない》 「否定しないってことだな?」とカマをかけてみるが、男はフッと小さく笑った程度だった。だがおそらく、この男は列車には乗っていない。背後から、列車の走る音や車内アナウンスが全く聞こえてこない。 「車内に共犯者が乗っていて、そいつがBを持っているのか?」 《Bってなんだ?》と男が問う。「誰にも知られるなって言うのが、ルールだろ?」と葛木は言い返す。 「いま、客席にいるんだ。誰が聞いているか解らないから、対象物のことはBと呼ぶ。いいな?」 《まあ、いいだろう。それと、さっきの質問の答えは、ノーだ。共犯者は持っていない》 「Bは、何にも入れず、カバーもかけず、そのまま置いてあるのか?」 《ノーだ》  大きな枠をどんどん絞っていく。爆弾は誰かが隠し持っているのではない。そして、何かに入っている状態で、車内に置かれている。怪しげな人物をチェックするよりも、不審物に注目した方がいいということだ。  それから、犯人が口走った重要なことを、葛木は聞き逃さなかった。》なら、共犯者が爆弾そのものは所持していないが、しかしこの列車に乗っていることは間違いないということだろう。しかし、それならばやはり、葛木が失敗すれば共犯者も生命を落とすことになりかねない。ならば、それは逆に、何か突破口になるかもしれない。  十六号車には不審なものも人物もなく、葛木はデッキに抜け、トイレや洗面所を見て回る。 「じゃあ、箱に入っているか?」 《ノーだ》 「かばんに入っているのか?」  デッキも異常なし。十五号車に移るため、自動ドアの前に立つ。ドアが開いたそのとき、葛木の目の前に小柄な女性が立ちはだかった。 「通話はデッキでお願いします」  凛とした声で、彼女は言った。三つボタンの車掌の制服。左胸にある逆五角形のエンブレムには、『東野』と名前があった。左手には大きめのバッグを持っている。帽子はかぶっておらず、褐色の髪がポニーテールになっていた。 「すいません、今、緊急事態なので」  脇を通り抜けようとする葛木の行く手を素早く塞ぎ、彼女は無言の圧力でデッキへと押し戻される。葛木は渋々従い、一旦あと戻りしながら警察バッジを示した。 「警察の者です。詳しくは話せないんですが、今、緊急事態で」 「警察? 緊急事態? 大変! チーフに報告しなきゃ!」  大袈裟に慌てた様子で無線を取り出した彼女を、「ちょっと待って!」葛木は慌てて制する。 「詳しくは話せないし、でも、騒ぎを大きくしたらマズいんです。だから、協力してください!」 「協力ーー? 騒ぎを大きくするなーー?」 彼女は訝しげな視線を送ってきた。 「あなた、なんか怪しいわよねー。本当に刑事なの?」 「本物の刑事ですって! 警視庁あきる野署刑事課、葛木潤です。問い合わせてもらってもいいですから。とにかく、先を――」  そのとき、十六号車のドアが開き、一人の男がデッキに入ってきた。その男は二人の脇をするりと通り過ぎ、十五号車へと移っていった。東野が訝し気に男を見送る。葛木は明らかな違和感を覚えていた。  先頭車両の前側のドアから乗り込んだのは、葛木一人だ。そして十六号車に入ったとき、全員がそこに着席していた。十五号車の方から入ってきた者もいない。ということは、今の男はもともと十六号車に乗っていて、今、十五号車に移っていったということだが、その動きは不自然だ。指定席なのだから席を離れて隣の車両へ移る理由はない。トイレも開いている。  もしや、共犯者か――?  葛木は、電話の向こうの犯人に気取られないよう、男を慎重に観察する。
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