エンディング ~ そして、新たなる物語へ

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エンディング ~ そして、新たなる物語へ

『このたびは本職の早合点で、関係各局の皆様にはご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした』  納得いかない。あきる野署の取調室に一人籠って始末書を書きながら、葛木は思う。 『本職に対するイタズラを真に受け、爆弾の存在を本気で信じ、本来の職務及び管轄を無視した捜査を行ったことを、深く反省しております』  あのあと、車内巡回に回ってきた正規の車掌に発見され、意識を取り戻した葛木は、警視庁本部に爆弾事件発生の一報を入れ、東京駅含む都内の車両基地を徹底的に捜索する世要請した。爆発物処理班が出動し、徹底的に車両基地を捜索したが、しかし爆弾は発見されなかったのだった。  結果、葛木は《イタズラを真に受けた間抜けな刑事》というレッテルを貼られ、直属の上司である刑事課長はもちろん、署長の叱責を受け、始末書を書かされているのだった。 『また、本来の職務にて使用するために貸与された警察車両を、新富士駅前の駐車禁止スペースに放置したことも、警察官にふさわしくない行動だったと反省しております』  ガチャリと取調室のドアが開いた。刑事課長が苦い顔で、「今な、本庁から電話があった」と言った。 「お前、すぐに桜田門の六階へ行け。刑事部捜査一課の大部屋に呼び出しだ」  本部の一課――今回のことは、爆発物処理班に多大な迷惑をかけたのだから、呼び出されるとしたら警備部だと思ったが、まさか捜査一課にも何か影響が波及したのか。葛木には首を垂れることしかできなかった。  刑事ドラマなどでよく見る桜田門の警視庁本部に来たのは、巡査拝命後の研修で訪れた一回きりだった。今日が二回目。できれば、本部栄転という形で来たかったが、何とも不本意で不名誉な訪問になってしまった。  葛木は受付で名を名乗り、警察バッジの本人チェックを受けてから、エレベーターで六階に向かった。  刑事部捜査第一課は、殺人・誘拐・強盗など凶悪犯罪を担当する部署だ。刑事の中でもほんの一握りしか昇格することが出来ない、刑事なら誰もが憧れる花形だ。そもそも、本部に取り立てられること自体、ハードルが相当高い。当然、葛木もあわよくば、とは思っていたが、もともと儚い期待であり、ほとんど見込みはないと思っていた。一課の大部屋に足を踏み入れることなんてないと思っていたのに、それが意外な形で訪れて、実に不本意だった。  捜査一課の大部屋は、ガランとしていた。各捜査係のデスクがズラリと並んでいるが、ほとんどが出計らっていて、閑散としている。捜査一課の刑事は、凶悪事件が起こると事件を担当する所轄に出向し、事件解決まで詰めることになるので、本部で自分のデスクを使うことはほとんどないのだ。  どこに行けばいいのか解らず途方に暮れている葛木の肩を、後ろから誰かが叩いた。振り返ると、そこには二十代半ばだろうか、キリっとした目元が特徴の若い男が立っていた。 「葛木潤だよね? 待ってたよ」  彼は言い、「さあ、こっちだよ」と先に立って歩きだした。案内されたのは、捜査係のデスクの一つで、天井から吊るされたプレートには『殺人犯捜査七係』と書かれていた。  葛木はそのプレートから視線を落とし、そして、そこにいた四人の人物を見て、驚きのあまり身体が固まった。 「ようこそ。遅かったわね」  褐色のポニーテールを揺らし、凛とした声で言ったのは、紛れもなくあのニセ車掌『東野』だった。その両サイドに並ぶのは、ガラケーを手渡してきた黒髪ロングに眼鏡の女性、関西弁のスリ被害者、喫煙所でタバコを吸っていた無口なおっさん。 「え、ちょ、どういう――」  戸惑う葛木を放置し、ポニーテールを揺らして彼女は言った。 「あたし、西岡(にしおか)夏帆(かほ)。七係の主任よ。遠慮なく夏帆たんって呼んでね!」  夏帆たんって、いやいや、そんな軽々しい呼び名でいいのか? てか、七係の主任? 本部の主任ってことは、警部補か? あ、本名が西岡だから、偽名が『東野』だったのか―ーって、いや待て、そんなことよりも、一体どういうことなんだ?  葛木の戸惑いなどお構いなしに、「じゃあ、早速紹介するわね!」と西岡夏帆は話を進める。 「あなたにガラケーを渡したのは芽衣ちゃん」 「正木(まさき)芽衣(めい)です。よろしくお願いします」 「スリ被害者の鴨さんと、喫煙所にいた片山」 「わし、鴨林(かもばやし)って言うねん。よろしゅうな」「――」 「で、犯人役の和泉」 「僕の声、忘れちゃったのかい? まあ、僕も男の声はすぐ忘れちゃうんだ。女の子の声は、一度聞けば忘れないけどね!」 「いやいやいやいや、ちょっと待って! 頭が追い付かないんですけど――?」  葛木は言いながら、西岡夏帆という名前について、思い出したことがあった。噂で聞いたことがあったのだ。捜査一課唯一の女性警部補。年齢不詳だが、かなり若いらしい。その彼女がまとめる七係は、検挙率は抜群だが、逸脱した捜査から始末書提出率も非常に高いということ――  夏帆はずいと前に出て、高らかに言った。 「あなた、合格よ!」 「合格って――?」 「試験よ、試験」 「試験って?」 「だから、言ったでしょ? これは《刑事としての能力試験だ》って」  ――あ。 「じゃあ、俺は試されてたってこと?」 「そうよ。私たち七係のメンバーにふさわしいかどうかの試験だったの」  カッカッカと鴨林が笑い、「騙してしまってごめんなさい」と芽衣が手を合わせる。和泉は小ばかにしたように鼻を鳴らし、片山は我関せずという感じでフラッとどこかに立ち去ってしまった。  ついていけていないのは葛木ただ一人だった。 「じゃあ、俺――」 「今日から、我が七係の一員よ。バリバリ働いてもらうからね!」 「え、あ――また、今一つ状況が呑み込めてないんだけど、どうして俺――?」 「噂を聞いたの。正義感が強い刑事がいるって。で、試したってわけ。もちろん、マイナス点もあったわよ。爆弾の在処について、最初の質問で外側にあるか聞いて、ノーって言われたことで、すぐにじゃあ内側って決めつけたでしょ。それとそもそも、爆弾は指定された新幹線にあるに決まってるっていう思い込みね。この問題は、最初の先入観に囚われると解けないの。見事に引っかかったわよね、思い込みが強いタイプよね」  そうだと、自分でも思う。信じやすいのだ。だから、今回のことだって引っかかった。 「でも」と夏帆は言った。 「そこがいいのよ。あなた、犯人の言うことを一度も疑わなかったわ。得体の知れない相手のことを信じられるって、そう簡単なことじゃないわよ? それから、最初に人の命の心配をしたこともプラス点。あとね、窃盗犯を捕まえたこともね」 「そう言えば――」そうだった。すっかり忘れていた。 「あれも仕込み――?」 「あれは偶然。手配犯が乗ってたから、ついでに捕まえてやろうと思って、鴨さんに一芝居、打ってもらったの。あいつもまんまと引っかかったわよね。とにかく、目の前の犯罪を見逃さなかった。これはポイント大きいわよ!」 「はあ、どうも――」  ついて行くことを諦めた葛木は、ただただ、流れに身を任せていた。つまり俺は、西岡夏帆に目をつけられて、七係に配属されるための試験を勝手に受けさせられていたということか。てか、捜査一課の試験って、こんなふうにやってるのか? 聞いたことないけど。  そんな心の疑問に気付いたのか、「こんなふうにメンバーを選んでいるのは、七係だけですよ」と正木芽衣がニッコリ笑った。 「ってことで、明日からよろしく!」  夏帆がパンと一つ、手を打つ。 「ちょっと、一つ質問」  場違いな気もしたが、そもそもこの状況が意味不明なのだ。気になったことは聞いておこう。 「カバンの中に、ところてんが大量に入ってたでしょ。あれは、どんな意味が――?」 「意味も何も」夏帆は不思議そうな表情を浮かべ、首をかしげる。 「大好きなの。ところてん」 「どうして、ところてん――?」 「漢字で書くと、《心が太い》って書くでしょ。私にピッタリじゃない!」  捜査一課の大部屋に、緊急通報の警報音が鳴り響いた。事件発生を告げる同時通報が、スピーカーから流れてくる。 「七係、出番よ!」  夏帆を先頭に、七係の面々が大部屋を飛び出していく。葛木も、流されるままに走り出した。  
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