(1)ー2

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   コンコンコン――  運転席側のウインドウを叩く音で目が覚め、反射的に目をやった腕時計の針は、二十一時三十分を指していた。マズい、一時間半も寝てしまったのか。まだ頭がぼーっとしている。  コンコン。 「あの――!」  外から呼びかけてくる声。葛木は目をこすり、窓の外を見やる。徐々に焦点が合ってきて、そこには一人の女性が立っていた。ロングの黒髪に眼鏡をかけた、可愛らしい女性だった。  葛木はウインドウを下ろした。 「何か?」 「あの、刑事さんですよね?」  恐る恐るというふうに彼女は尋ね、「あの、これ――」おずおずと差し出してきたのはオレンジ色のガラケーだった。 「これが、何か?」 「今、変な人から電話がかかってて」と彼女は言った。確かに、ディスプレイには通話中の表示があり、相手方は非通知になっている。 「変な人って?」 「男の人なんですけど、私、怖くて――」  彼女の困り顔に、ぼーっとしていた葛木の脳は一気にクリアになり、刑事の思考へと変わった。ガラケーを受け取り、耳に当てる。 「もしもし、警察の者ですけど?」  相手はどこからか見ているかもしれない。葛木は道の駅の駐車場を注意深く観察する。 《知ってるよ》と男の声が言った。若い声だった。 《きみ、あきる野警察署、刑事課盗犯係の葛木潤巡査でしょ?》  何――? 「どうして俺の名前を知ってるんだ?」ケータイを握る手に力が入る。《きみに用があるからだよ》と男は応える。葛木が咄嗟に振り向いたときにはすでに、ケータイを手渡してきた女性の姿はなかった。 《驚いたかい?》電話の向こうで、男は笑う。 「お前、誰だ?」 《それはおいおい解るよ。きみが優秀ならね? さあ、これは、きみの刑事としての能力試験だ》 「何をバカなことを言ってるんだ? ふざけるんじゃない。そんなお遊びに付き合ってなんかいられない」 《いいのかな、そんなこと言って。こっちだって真剣なんだよ》  葛木の背筋に冷たいものが走った。聞く者に恐怖を感じさせる声だった。葛木は自分を奮い立たせるように、強い口調で言う。 「じゃあ、早く済ませよう。試験だって? 問題は何だよ?」 《まず、きみにはこれから、東京行き最終の新幹線に乗って、クイズを解いてもらう。問題は簡単、列車に仕掛けられた爆弾の場所を言い当てること。ちなみに爆弾は、その列車が目的地に着くと爆発する。あまり時間はないよ?》  額を冷や汗が伝った。葛木は自分のスマートフォンを取り出し、最寄りである新富士駅発、最終の新幹線を調べる。二十二時九分。あと三十分ほどしかない。シフトレバーをドライブに入れ、サイレンのスイッチを押して、アクセルを踏み込む。  ケータイの通話をスピーカーに切り替えたところで、《ルールがいくつかある》と男が言った。 「ルールって?」 《簡単だよ。一つは、この電話を絶対に切らないこと。それから、二つ目は、このことは誰にも知られてはいけない。乗客、乗務員、鉄道会社、その他諸々、もちろん警察にも。きみ一人のチャレンジだからね。誰かに知られた時点で、ゲームオーバーだ》 「解った。その爆弾、俺が在処を言い当てたら、誰も殺さないんだな?」 《もちろんだよ》 「実際に見つけなくても、言い当てるだけでいいのか?」 《見つけるまでやってもいいけど、自分でハードルを上げるのかい?》 「いや――とにかく、言い当てたら絶対に爆発させないんだな? その保証は?」 《それは僕を信じてもらうしかないね》  ――と言うことは、爆弾は時限式ではなく、リモコン式か。なら、犯人かその共犯が、同じ新幹線に乗っている確率が極めて高いということだ。だが、それはもしも俺がクリアできなかった場合、自分たちまで巻き添えを喰うリスクを負っているということだ。そんなリスクを負ってまで、犯人は何をしようとしているんだ? 「要求はなんだ?」 《ほう》犯人は感嘆の声を上げた。《いい質問だけど、それはあとのお楽しみに取っておこう。それから、きみはいくつかヒントを得ることができる》 「ヒント?」 《そう。爆弾の在処についてのヒントだよ。きみは僕に質問ができる。僕はそれに対して、イエスかノーかで答える。水平思考推理ゲームってやつだよ。イエスかノーで答えられない質問はNG。それと、爆弾の在処に関すること以外の質問もNGだ。解ったかい?》 「解った」  新富士駅が見えてきた。ハンドルを握る手は、いつの間にかびっしり汗をかいている。  最終の新幹線の乗客と乗務員、そして東京駅にいる人間の、全員合わせたら何人になるか解らない人数の生命がかかっている。俺には荷が重すぎる――弱気が芽生えそうになりながら、自分の弱気と闘うことを決心し、葛木はまっすぐ前を見据える。
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