teardrop

2/10
284人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
               * 「――つまり、西原(にしはら)先輩が浮気したんでマネージャーから別れを切り出したけど、先輩の方はまだ別れたくないって言ってる。そういうこと?」  端的にまとめられた一ノ瀬(いちのせ)の言葉に、私はおずおずと頷いた。グラスの底に少しだけ残ったオレンジジュースをすすると、ずぞぞぞぞ、と何とも間抜けな音がした。口内に届いたジュースは氷で薄まっていて、抜け殻のような頼りない味がした。――あぁ、今の私とおんなじだ。そう思ったとき、「……マネージャーの方も、別れたくはないみたいだね」と一ノ瀬がぽつりと言葉を落とした。 「え、」と私は一ノ瀬を見る。一ノ瀬は無表情のまま、私のグラスに手を伸ばす。「オレンジでいい?」と確認する一ノ瀬に、かろうじて頷いた。一ノ瀬は自分の分のグラスも持って、ドリンクバーコーナーへと向かっていった。やがて戻ってきた一ノ瀬は、目にしみるほど鮮やかなオレンジで満たされたグラスを私に差し出した。「ありがとう」とちいさく頭を下げれば、「ん」と短い返事が返ってくる。耳下まで伸びた髪をワックスで無造作に整えた一ノ瀬には、高校球児特有の、坊主頭の面影なんてもう一切残っていない。でも、気遣いが細やかなところは、あの頃からぜんぜん変わらない。あまり要領のいいマネージャーでなかった私は、部長の一ノ瀬によく助けられていた。恋の相談にも、よく乗ってもらっていた。西原先輩――裕樹(ゆうき)くんへの恋が叶ったのも、一ノ瀬の後押しがあったからだ。同じ大学に進学したから、一ノ瀬に彼女がいない時期には引き続き相談に乗ってもらっていた。ついこの前も、社会人になった裕樹くんとすれちがいが多くなってきた気がして、一ノ瀬に相談したばかり。それを思うと、この恋がこんな形で終わりかけているのがとても申し訳なく思えてくる。 「ごめんね一ノ瀬」  謝罪の言葉をこぼすと、「何でマネージャーが謝るの」と一ノ瀬は眉根にしわをよせて苦笑した。 「だって、ずっと相談に乗ってもらってたのに。結局、……別れちゃうかも」  その言葉を発した瞬間に、頭の中心がずきりと痛んだ。昨日と一昨日、飲み慣れていない缶チューハイを雑に飲み続けた名残だ。 「それは別にいいよ」  一ノ瀬は私から視線を外すと、ストローでウーロン茶をすすった。「で、マネージャーも結局、別れたくないんだよね?」と一ノ瀬ははっきりと核心をついてくる。私は視線を彷徨わせる。力を込めた指先が、丸いストローをいびつなかたちにつぶした。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!