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「――藤巻さん、いらっしゃいますか?」
僕を不完全燃焼にしたまま遅い朝食を終えると、先生は僕を連れて、応接間のとなりにある藤巻執事の仕事部屋を訪れた。
「はい。なんでございましょうか?」
留守ではなかったようで、ノックをするとすぐに藤巻執事が顔を出す。
「あの、また一つお訊きしたいことができまして……梨花子さんに水差しを届けた時のことなんですけどね」
「あ、あの前にも申しました通り、私は別に何も……」
その唐突な質問に、自分がまた疑われたとでも思ったのか、執事はやや動揺の色を見せたが、そんなことは気にせずに先生は質問を続ける。
「ええ。それは私も前に申しました通りわかっていますので。そうではなくてですね、あの水差しは梨花子さん専用のものだったんでしょうか?」
「え?……ああ、いえ違います。あれは幾つかあるものの中の一つでして、別に個人専用のものでは……」
執事は一瞬、なんのことを訊かれているか戸惑っている感じだったが、すぐに理解して明快に答えた。
「そうですか。では少し難しくなりますね……私の考え、外れましたかね」
その答えを聞いて、先生はなんだか当てが外れたような顔をする。しかし、それでも気を取り直すと再度、執事に尋ねてみる。
「では、なぜあの水差しを選ばれたんでしょう? 他にも水差しが幾つかある中でなぜあの水差しを。何か、あの時あれを選ばれた理由のようなものはあったんでしょうか?」
「はあ、そう言われましても特にどうという理由は……無意識で選んだことでしょうから……あ! いや、違います。そうだ! 思い出しました!」
先生のおかしな質問に、初めは困惑した様子の執事ではあったが、急に何かを思い出したらしく、突然、大きな声を上げる。
「いえ、特にどうということはないのですが、あの時、あの水差しが厨房に出してあったのです。どなたかがお使いになって、洗った後にそのまま仕舞い忘れになったのでしょうか? よくは憶えておりませんが、おそらくはそれでちょうどよいと思い、あれを使おうと思ったのではないかと…」
「それだ!」
と、今度は先生の方が声を上げた。
「そうですかあ。そういうことだったんですねぇ……」
そして、なんだかいたく納得したらしく、また、しきりにうんうんと頷いている。
だが、僕には何がそれなんだか今度もまるで理解ができない。同じく前方を覗えば、藤巻執事も何がなんだかわからぬといった顔で呆けている。
そこで。
「先生、いったいどうしたんですか? 何かわかったことでも?」
と堪らず尋ねてみると……。
「御林君、梨花子さんの水差しに青酸カリを入れたトリックがやっとわかりましたよ」
と、さらっと簡単にそう答えた。
「えええっ!? ほ、ほんとですか!?」
当然、僕も驚きの声を上げる。
「い、いったい、それはどういう!?」
「まあ、それはおいおい。それよりも、残るはあの密室の謎だけです。行きましょう、不開の間へ。やはり、すべての鍵はあの不開の間にあります」
だが、先生は僕以上に状況が把握できていない執事もそのままにして、くるりと踵を返すとすたすたと歩いて行ってしまう。
「あ、ああ、あの、ちょっと先生! ああ、もう……」
またしても重要なところを聞きそびれた僕は、仕方なく、そんな先生の後を慌てて追いかけた――。
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