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「すみません。本来なら少しお休みいただいてからの方がよろしいのでしょうが、早く依頼の内容をお知りになりたいのではないかと思いまして……」
と、唐突に部屋の中央にこちらを向いて立つ柾樹青年が話し始める。
それは確かに。今もってなぜここに連れて来られたかもわからないので、早く話が聞きたいところではある。
「いろいろ事情があって詳細は省きますが、僕が秋津先生をここへお呼びしました……この部屋で起きた事件の真相を明らかにしてもらうために」
「この部屋で起きた事件?」
いろいろ事情があって…というのも気になるが、それよりもその事件という方に興味を惹かれ、僕はその言葉をオウム返しに呟く。
「はい。この部屋で一週間ほど前に僕の叔父が毒を飲んで死んだんです。しかも、部屋は密室の状態で」
密室……そのミステリアスで蠱惑的な響きに、先生は眉根を寄せてわずかに目を細める。
「密室……と言いますと、どのような状況だったんですか? もっと詳しくお教え願えませんか?」
密室と聞いて俄然興味が湧いたらしく、いつも通りの緊張感のない口調ではあるが、先生は積極的に質問を口にし始めた。
名探偵の性とでも言おうか、先生はこういった謎めいた事件に遭遇するとようやくスイッチが入るのだ。
とは言え、いかんせん影の薄い先生、訊いてるのに無視されることも多いのでるが……。
「はい。順を追って説明しますと、そもそもの発端は八日前のことになります……」
ところが、柾樹青年は先生の方へ視線を向け、ちゃんとその質問に言葉を返してくれる。
驚いた。本来は珍しいことなのだが、この人も先生の希薄な存在をちゃんと認識してくれているようだ。花小路老人といい、二人の藤巻執事といい、どうやら花小路家の人々とはずいぶんと相性がいいらしい。
「僕の母方の叔父である本木茂が突然失踪したのです。この屋敷からどこへともなく」
おっと。そんなぜんぜん関係ないことを考えている内にも、彼の話はいよいよ本題に入っている。
「失踪ですか……でも、お家からいなくなったというだけなら、失踪ではなく、ただどこかへ遊びに行かれただけなのでは? 大の大人のことでもありますし」
続けざま、先生が疑問に思ったことを素直に問うた。
「ええ。僕らも最初はそう思いました。でも、日が暮れて、次の日の朝になっても帰ってくるどころか、連絡の一つもなかったんです。僕はここに来てまだ間もないですが、叔父は今まで、そのように連絡なしに一人でどこかへ行くようなことは一度もなかったそうなんです」
そう答える彼に、先生が一瞬、またわずかに目を細める。
おそらく僕と同じだと思うが、今、彼が言った〝僕はここへ来てまだ間もない〟という台詞が気になったのだろう。当主の息子なのにこの家に来て間もないというのは、いったいどういうことなのだろうか?
だが、それを確かめる時間を与えてはくれず、柾樹青年は話を先へ進める。
「それで、叔父がいなくなった翌日――つまり一週間前の朝から、僕らは叔父を探し始めました。もしかして付近の山の中で倒れてやしないかと思い、警察に捜索願いを出す前に自分達でも探してみようということになりまして」
「でも、見つからなかった?」
「はい。そこで誰かが、ひょっとすると家の中なんじゃないか? なんてことを言い出したんです。ご覧のようにこの屋敷は広いですから、普段使われてない部屋で倒れていたら、三日ぐらい人の目に触れないことだってありえなくはない……そんなわけで屋敷内を捜索し始めた矢先、あることに気づいたんです」
「あること?」
また僕は、気になるその言葉をオウム返しに思わず呟く。
「ええ。この屋敷に住む者が使用している個人部屋を除いて、ゲストルームや現在使われていない部屋の鍵はすべて一階の玄関脇にある執事の仕事部屋にまとめてかけてあるんですが、今、僕らがいるこの部屋の鍵だけがその時なくなっていたんです。そうなると、もしかしてこの部屋じゃないかということになり…」
「ということは、この部屋は普段使われていない部屋だったのですか?」
「あ、はい。ここは以前、使用人部屋として使われていたそうなんですが、今はまったく使われていません」
話を遮って先生が確認するように口を挟むと、柾樹青年は先生の勘の良さに少し驚いている様子でそう答えた。
なるほど。空き部屋か。それでちょっと埃っぽいわけだ。
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