二 霧の中の洋館

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「で、僕らがこの部屋まで来てみると、中から鍵がかかっていました。ノックしたり声をかけてみても返事はありません。もちろん、ただ鍵がなくなっただけで叔父は中になんかいないと考えるのが普通なんでしょうが、その時、どうにも嫌な予感がした僕らは鍵のかかったドアを壊してみることにしたんです。そして、体当たりしてドアを開けてみると、そこには……そこには……」  その時のことを思い出したのか? 柾樹青年は急に蒼ざめた顔になり、息を整えるかのように少し溜めてから、無残なその結末を口にした。 「床の上に泡を吹いて倒れている叔父の姿がありました。近くには小さな茶色いガラス瓶が転がっていて……後の警察の調べでわかったことなんですが、叔父の死因は青酸カリによる中毒死で、そのガラス瓶に付着していたものと一致したそうです」 「ふむ……鍵のかかった部屋の中で毒死ですか………密室というと、そちらの窓も?」  顔を蒼白にする柾樹とは対照的に、凄惨な現場の描写にも特に動じていない先生が、いつもののんびりとした調子で窓の方を見つめながら尋ねる。 「……え? あ、はい。叔父を発見した時、ドアばかりでなく、あの窓も内側から鍵がかけられ、完全に閉め切られた状態でした。いいえ、そればかりでなく、さらに叔父の右手の中には一つしかないこの部屋の鍵が握られていたんですよ」  柾樹青年は、叔父の遺体が横たわっていたであろう床の上に視線を落とし、その時の光景を脳裏に浮かべているような顔でそう答えた。 「……なるほど。それで密室ですかぁ……」  この部屋への出入り口は、今入ってきたドアが一つと、あとは外に面した観音開きに開く窓が一つしかない。その二つが内側から施錠され、しかも、この部屋の鍵を当の本人が握っていたとなると、確かに完全な密室である。  が、しかし……。   「あの、誰かが合鍵を作っていたなんてことはありませんか?」  僕は思いついたその可能性について訊いてみた。 「いえ。それはありません。ここの鍵は一つしかありませんでしたし、執事の部屋にある鍵は藤巻さんが管理していて、事あるごとにちゃんと全部あるか確認するようにしているんです。仮に誰かがここの鍵を持ち出して合鍵を作ろうとしても、近所に合鍵を作ってくれるようなお店はありません。藤巻さんがチェックする間に鍵を持ち出し、合鍵を作って帰ってくるなんてことは不可能なんです」  だが、その可能性もあっさり否定されてしまう。  今時、合鍵なんてそこら辺の店で短時間に作れそうなものではあるが、今日来た時のことを思い起こしてみると、ここはけっこうな山の中だ。そうした鍵屋さんも…いや、店と呼べるもの自体、麓の町まで行かなければ存在しない。確かに合鍵を作るだけでもそれなりに時間は必要であろう。 「そうですかぁ……では、やはり完全な密室だったということですね。だとすると、その叔父さんの死は自殺ということで問題ないのでは?」  完全な密室であったことが濃厚になり、先生はその閉め切られた部屋の中をぐるりと見回しながら問いかける。 「警察もそのような判断を下しました。司法解剖の結果も他に外傷は見つからなかったようです……でも、叔父が自殺するようなことは考えられないんです。特に悩みを持っているようにも思えませんでしたし、僕が見た限り、叔父はそんな世を儚んで死ぬような類の人じゃないんです」 「遺書は?」 「ありませんでした。この部屋にもありませんでしたし、後で叔父の部屋を警察が調べもしましたが、遺書らしいものは何一つ見つかりませんでした」 「なるほどぉ……それで君はこれが自殺ではなく、誰かに殺されたんじゃないかと思っているわけですね?」 「いえ、そこまで確信は持っていませんが……でも、やっぱりこの叔父の死にはどうにも腑に落ちないところがあるんです。他の家族も自殺などとは信じておらず、不安と疑心暗鬼に苛まれています……そこで、先生にお頼りしたんです。秋津先生! どうか、この叔父の死が本当に自殺だったのか、それとも、もっと恐ろしい事件によるものだったのか? それをはっきりさせてほしいんです!」  柾樹はその顔に暗い影を落とすと、少し語気を強めて先生に懇願する。 「それが今回の依頼の内容というわけですね………わかりました。できうる限り調べてみましょう」    そんな必死で頼み込む彼の姿に、先生は目を伏せて少し考えると、なんとも見ているだけで和む穏やかな微笑みを湛えてそう答えた。 「ありがとうございます! 秋津先生にそう言っていただけると、それだけでもう、なんだかこの気味の悪い不安が少し薄らぐような気がします」  色よいその返事を聞くと、柾樹青年は若干顔の色を明るくし、まだ調査すら始まっていないというのに先生へ感謝の言葉を述べた。
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