三 花小路家の人々

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 ま、そんないつものお約束は置いとくとして、それよりも今回の依頼のことだ。  先刻、執事と話した時同様、この老主人にもなんだか話が通じない……やっぱり何かがおかしい……いったい、何がどうなっているというんだろうか?  同じ花小路の一族ならば、花小路グループを知らないわけはないと思うんだけど……同姓でもまったく別の花小路なのか? ……でも、どちらも元伯爵家だと言っているし、それならなおのこと知らないなんてこと常識的に考えてありえない……いや、もしかして昨日会ったのは花小路家を騙る偽者だったり? 「うーん……噛み合いませんねえ……」 「とにかく! もうここまで来ていただいたんですから、もう一度先生に叔父様の死について調べてもらいましょう。秋津先生は高名な名探偵ですのよ。それで自殺と判断されれば、皆、納得いたしますわ。そうすることが、今の花小路の家のためなんです!」  先生もやはり僕と同じ疑問を感じ、怪訝な顔で独り言のように呟いていたが、桜子さんは気に留めることもなく、語気を強めてもう一度、頑固な父親の説得にかかる。 「ううむ……おまえがそこまで言うのならば致し方ない。確かに、この際はっきりさせておいた方がいろいろ(・・・・)とよいのかもしれんしな。やむを得ん。いるだかいないだかわからん探偵では少々心もとないが、わかった。おまえの好きにするがいい」  すると、可愛い娘の必死の説得が功を奏したのか? それとも何か他に思うところがあったのだろうか? 老主人は何か含みのある言い方で一応は納得してくれたようである。 「フゥ……あ、では、ご紹介の続きをいたします。こちらは母の花小路彩華さんです」  なんとか当主の了解を得られ、安堵の溜息を吐いた柾樹青年はようやくにして家族の紹介を再び始める。  長机の長軸側正面奥に座る花小路幹雄氏を中心に、向かって左側の席には奥から中年の婦人、桜子さん、桜子さんより何歳か年下と思われる少女、柾樹青年の順に座り、反対の右側にはなぜか一つだけ席を空けて、左側の婦人と同じ年齢くらいの女性、柾樹青年より幾分か若い少年、そして、秋津先生と僕の順でテーブルについている。  その中で柾樹青年は幹雄氏の次に、左側の端に座る中年女性のことを「母」と言って紹介した。だが、自分の母親に〝さん〟付けをして呼んだのがまた、どこかちぐはぐな違和感を僕らに与えている。 「あら、正直に継母(ままはは)と、もっとわかりやすくご紹介なさったらいいじゃないですか」  赤いドレスと化粧で美しく取り繕ってはいるが、その全身からふてぶてしさの滲み出る少し太り気味の中年女性は、いかにも嫌味ったらしい口調で彼にそう言った。 「お母様!」  そんな母を桜子さんが嗜める。 「だって本当のことじゃない。こういうことはちゃんとお話しておいた方がよろしいんじゃなくて? 探偵の先生、じつはこの柾樹さん、あたくしが自分のお腹を痛めて生んだ子ではありませんのよ。うちの亭主が以前、ここで働いていた女中の一人に生ませた子なんですの。前はどこか他所で暮らしていたんですが、一月前くらいからこちらに引き取って、まるで家族のように過ごしておりますの」 「こら! よさんかみっともない。柾樹は花小路の血を引く唯一の男子じゃ。わしが跡取りとしてここへ呼んだことに文句は言わさんぞ!」  露骨な悪意を込めて家庭の事情を説明する彩華婦人を、その事情を作った張本人である幹雄氏がバツの悪るそうな様子で一喝した。  そんな夫婦の醜態を、柾樹青年は悲しいような、困ったような顔で黙って見つめている。  なるほど……それで得心がいった。初めに話した時から当主の息子にしてはなんだかおかしな言動をしているなあとは思っていたのだが、それはそういうことだったのだ。この柾樹という青年が花小路家の一員としてここにいるのには、どうやらいろいろと複雑な事情があるらしい。  となりを覗うと、先生もほうほう…と首を縦に振りながら、合点がいったというような顔で柾樹青年の方を眺めている。  ………しかし、となると、桜子さんと柾樹さんは腹違いの姉弟ということか……なんでだろう? そんな二人の間柄に、なぜか羨ましいような、嫉妬するような感情が僕の中に芽生えている。  ふと気がつけば、自分でもよくわからない、なんとも複雑な心境で、僕は怒りに頬を染める彼女の横顔をぼんやりと見つめていた。 「……ま、兄の死をよく探偵の先生に調べてもらうとよろしいわ。ご自分にご都合の悪いことが出てくるかもしれませんけれどね」  一方、主人に叱られた彩華婦人は、やはり嫌味ったらしく、ちょっと意味深な発言をすると、それでも一応は口を閉じる。 「えっと……桜子姉さんはもう紹介がすんでましたね。そのとなりが、僕の妹にあたる花小路梨花子です」  柾樹青年はそんな継母の言葉に何か言うこともなく、気を取り直すと家族の紹介をまた再開する。
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