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次に紹介したのは桜子のとなりに座る、彼女のピンクと対をなすように鮮やかな山吹色のワンピースを着た高校生ぐらいの少女である。
「フン! わたくしはあなたのことを兄だなんて思っておりませんけどね」
だが、少女はツンとした態度で厳しい言葉を投げ返す。どうやら彼女も柾樹青年に対して好印象は持っていないようだ。
「梨花子!」
そんな見苦しい身内の不和を隠そうともしない家族を、またしても桜子さんが嗜めた。
対して柾樹青年は今度も悲しいような困ったような、そして、どこか淋しいような顔で腹違いの妹のことをじっと見つめ、それでも健気に家族の紹介をなおも続ける。
「……次に、そちらにいるのが死んだ叔父の妻、つまり僕の叔母にあたる本木咲子さんです」
今度は僕らの座っている側の、一番奥を一つ空けて次の席に座る女性である。
継母の彩華夫人とは対照的に、やや痩せすぎの、その分、若干実年齢よりは老けて見えていそうな風貌の女性だ。
彼女は紹介の声に蒼白な顔を下に向け、なぜか、わなわなとその身を震わせている。
この人が亡くなったという叔父・茂さんの奥さんか……ああ、そうか。となりの席が空いているのは、その旦那さんが生前使っていた席だからなのか。
一つだけ奇妙にぽっかりと空いた食卓の席……だが、それは奇妙でもなんでもなく、むしろ至極当然の理由であったことを悟り、僕は独り密かに納得した。
「……何が主人の死の真相を調べてもらうよ……あなたが、あなたが主人を殺したに決まってるわ!」
突然、蒼い顔で震えていた叔母・咲子夫人が、柾樹青年の方を睨んで大声を上げた。その唐突な問題発言に、先生と僕は反射的に彼女の横顔を見上げる。
「叔母様…」
柾樹青年が何か言おうとするが、その余裕も咲子夫人は与えない。
「主人はあなたが花小路家を継ぐことに反対していたわ。だから、あなたは逆恨みして主人を殺したんでしょ!? この花小路の財産を独り占めにするために!」
咲子夫人はさらに激昂し、早口に柾樹青年をまくし立てる。その狂気の表情に圧倒され、彼は目を見開いたまま何も言い返すことができないでいる。
「母さん! 滅多なこと言うもんじゃないよ。柾樹さんがそんなことするはずないじゃないか」
その激情にかられる咲子夫人を嗜めたのは、その右どなりに座る少年さった。少年といっても、僕と同い年くらいである。
「薫、お前は黙ってなさい! 所詮は卑しい女の血を引く子供。その正直面の下で何を考えているかわかったもんじゃないわ! 本当にお義兄様の子かどうかだって怪しいものよ!」
しかし、少年の諫言にも興奮した咲子夫人の口は止まらない。それどころか、むしろその物言いはますます激しさを増してゆく。
「叔母様!」
見かねた桜子さんが、再び口を挟もうとした時。
「ま、〝何を考えてるかわからない〟ということでは、他人のこと言えないでしょうけどね。花小路の財産を狙ってるのはあなた達だって同じじゃなくって?」
一瞬早く、咲子夫人の口を封じたのは彩華夫人だった。
「お義姉様……そ、それはあまりにも失礼な言われようですわ」
夫の姉だから、彼女にとって彩華は義理の姉にあたる。その人物に何か含みを持った口調でそう言われ、咲子夫人は一気に声のトーンを下げると、それでも動揺を隠しながら反論する。
「あら、それほど的外れなことは言ってないと思いますけど? 柾樹さんが兄さんを恨んでいたと思うのは、自分達にも何か後ろめたいことがおありだからじゃなくって?」
図星であったという顔の咲子夫人を彩華夫人はフンと鼻で笑い、蔑むような眼差しを投げかけてさらに続ける。
「そ、そんな……い、いくらお義姉様といえども、実のお兄様や、その家族である私達を侮辱するのは許せませんわ! ハッ! まさか、お義姉様が主人を…」
彩華夫人の歯に衣着せぬ言に、咲子夫人の興奮に再び火が灯る。
この家庭内の争いは、当主が女中に生ませた子で花小路家の跡取りである柾樹青年と、それを快く思わない家族という単純な構図かと思っていたが、彩華夫人とその義理の妹である咲子夫人の間でも、こっちはこっちでいろいろとあるらしい。
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