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「どのような依頼です?」
「……あ、はい。なんか花小路という方がお話したいことがあるので、なるべく早くエドガー記念病院へ来てほしいと執事の方が。なんかお金持ちの人っぽいですね」
「花小路……というと、おそらくは花小路グループ総裁の花小路さんですね」
再び尋ねられ、驚き冷めやらぬままに僕が答えると、先生は一拍の間の内にそんな推理をしてみせた。
「え! 花小路グループって、あの花小路家ですか? あのハナ銀――花小路生命や花小路ホテル、花小路フーズlで有名な……日本屈指の資産家で元伯爵家だったとかいう……」
「ええ。花小路なんて言う苗字そうそうありませんから、それでお金持ちとなれば間違いないでしょう。エドガー記念病院もそんな由緒正しき名家御用達の病院ですしね」
わずかな情報だけでそこまで突き止める先生の推理力もさすがであるが、その予想もしなかった依頼主の正体に僕は再び驚かされる。気楽に引き受けてしまったが、まさかそんなビッグネームからの依頼だったとは……。
花小路家は、僕のような小市民ですら知っている超有名なセレブ一族なのだ。戦前の華族制度では「伯爵」の爵位を持っていた家柄で、戦後、ほとんどの華族が斜陽を迎えて没落してゆく中、以前からその地位に慢心せず、様々な事業を手掛けていたために生き残ったという稀有な華族さまである。
「それでは、お急ぎのようなのでさっそく今からまいりましょう」
だが、僕とは対照的に先生は、驚くことも毛負うこともなく、いつもの淡々とした調子でそう答えると早々、玄関へ向かおうとしている。
「え! 今からですか?」
「はい。善は急げ、早起きは三文の徳と言いますからね……あ、いや、早起きの方は例え違いますね……」
そして、なんだかあんまり上手くはない格言を口にする先生に促され、僕は突然にも日本有数のセレブと会うために出かけることとなった――。
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