四 はじまりの密室

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「――やっぱり、なんかおかしいですよ」  その日の夕刻、再び家族全員集まっての重苦しい拷問のような夕食の時を終え、当てがわれたゲストルームに帰ってきた僕と先生は、今回の依頼の件について話し合っていた。 「花小路姓で元伯爵の家なんてそうそうないと思うんですが、どうやら昨日会ったあの花小路さんのことはここの花小路さん…ああもう、ややこしいな。とにかく、ここの人達は知らないみたいでしたし、それにだいたい、あの大企業の花小路グループを知らないなんて絶対おかしいですよ! そんなにここの人達は世情に疎いんですかね? いや、もしそうだったとしても、僕らは昨日の老人に依頼されてここに来たのに、柾樹さんの話では彼が本当の依頼主のようだったし、そうなるとやっぱり知り合いじゃなきゃ変ですよね? いったいぜんたい何がどうなっているっていうんですか?」  それまで感じていた違和感をいっぺんに吐き出すかのように、僕は長々と早口に質問を先生にぶつける。 「うーん……確かになんだか変な話ではありますよねえ……でも今はそれよりも、密室の謎の方が私的には重要です」  しかし、先生は心ここにあらずといった感じで、ソファにその長身を沈めたまま、天井を見上げてそう言うのだった。 「え!? というと、先生はあの密室での服毒死に何かトリックでもあると考えてるんですか? じゃあ、やっぱりあれは自殺ではなく他殺……」 「いや、そうとまではまだ断言できないんですけどね、何かひっかかるんですよ。例えば、右手に握っていた鍵のこととか」  ぼんやりと天井を見上げたままの状態で、僕の方を見ずに先生が答える。 「あの部屋の鍵ですか? でも、誰かが後で持たせたり、すり換えたりする暇なんてなかったんじゃないですか? 柾樹さんだって、部屋に入った時点で確かに遺体の手の中に鍵のあるのを見たと…」 「いや、そこなんですよ」  不意に、だらしなく後方へもたれていた先生の首が起き上がり、それまでとは一変、意識の通った視線を僕の方へ向けて言う。 「そ…こ?」 「はい。そこです。遺体を見た瞬間、その手の中に鍵があるのがわかるようにわざわざ握っていたなんて、なんだか〝ここは密室ですよぉ〟と強調するために誰かが持たせたように思えませんか? それに、近くに青酸カリの瓶が転がっていたみたいですが、普通に考えれば利き手である右手でその瓶を持って飲みますよね? なのに、空いている方の左手ではなく、それから死亡するまでの間にわざわざ右手に持った瓶を捨て、代わりに鍵を握ったっていうのもなんだかおかしな話です」 「ああ! そう言われてみれば、確かに変ですね……じゃあ、やっぱり本木茂氏は誰かに!?」  のんびりとした口調ながらも鋭くその矛盾点を突く先生の言葉に、僕は一気に興味と興奮の度合いを高める。 「まあ、ご本人が後々迷惑をかけないよう、自殺であることを知らせるためにしたという可能性もなくはないですけどね。でも、そのわりに遺書はないし、聞くところによると茂氏はそんな性格の人じゃなかったようですからね。お昼のご家族皆さんの様子からしても、仮に他殺だとして殺す動機はいろいろとありそうです」  そうか……やっぱりあのいかにもな密室の裏には何かあるんだ……。  あの息苦しい昼食会での人々の顔が次々と脳裏に浮かび上がる……僕は快感と戦慄がない交ぜになったかのような得体の知れない感覚に襲われ、背中にじっとりと嫌な汗を浮かべた。 「そんなこんなであの部屋が完全に密室であったと確認できない限り、茂氏の服毒死が他殺である可能性も否定はできないということです。そもそも蜜室だったというのからして、何かトリックがあるかどうかを語る以前に、鍵を壊して中に入った柾樹君と藤巻さんが嘘を吐いていなければという前提条件つきの話ですからね。んまあ、もっとも、調査を依頼した当の本人が嘘を吐くとも思えませんが……」  そうか。あの二人が嘘を吐いている可能性だってあるっていうことか……。 「ふぁ~あ…とりあえず、私はお腹がいっぱいになったので眠くなりました。もう寝ますので続きはまた明日にしましょう。では、おやすみなさい……Zzz」  しかし、勝手に僕の好奇心を煽っておきながら、先生はのそのそとベッドへ潜り込むと、そう言って瞬く間に眠ってしまう。 「今夜、眠れないかも………」  残された僕はその後、夜が更け日付が変わってからもなかなか寝つくことができず、独り布団の中で目を閉じたまま、長い夜を悶々と過ごすのだった……。
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